第130話


「ウォーター・シールド」


周囲の人間に気付かれないように透明化を使って燃えている建物に接近した俺は、水のシールドを周囲に展開した。


これで炎を弾き、建物内部へと入ることができる。


もちろん、俺の肉体自体は、炎を受けても焼け爛れたりすることはないのだが、服が燃えると困る。


よって俺は魔法によって完全に身体の周囲をガードして、燃えている集合住宅に足を踏み入れた。


「クリーン・ビュー」


モクモクと煙が蔓延している中を、魔法によって視界をクリアにしながら進んでく。

「さて、生存者はどこかな…?」


集合住宅はとても広く、階数も多いため、いちいち確認している暇はない。


俺は魔法を使って生存者を炙り出すことにした。


「ディテクト」


探知魔法によって、周囲の生体反応を探る。

すると、上の階…建物のちょうど中心あたりに子供ほどの小さな存在を感知した。


「これだな」


俺はこの反応が、警察官ともみ合っていた両親の娘だと確信する。


「待ってろ。今助ける」


俺はそこらじゅうを埋め尽くしている障害物を取り除きながら、上の階を目指す。


「けほっ!!けほけほっ!!!」


探知した存在に近づくにつれて、苦しそうな咳の音が聞こえてきた。


「この壁の向こうだな」


俺は崩れかかった壁の向こうに少女がいることを確信し、無造作に右拳を振り抜いた。


ドガァアアアアン!!!


派手な衝撃音とともに壁は粉々に粉砕される。


「いた…!」


誇りを振り払い、視界が晴れた先に、身を抱えてうずくまっている少女を発見した。


「けほっ、けほけほ…!」


ギュッと目を閉じて、苦しそうに喘いでいる。


「ヒール!ウォーター・シールド!」


俺は見つけた少女にすぐに回復魔法を施し、さらにその周りに自分と同じ水のシールドを展開した。


「ふぇ…?」


蹲っていた少女が、ゆっくりと瞼を開く。


「え、お兄ちゃん誰…?」


俺を見て、キョトンとした表情を浮かべる。


「もう大丈夫だ。助けに来たぞ。一緒にここから逃げよう」


「う、うん」


俺が誰かを説明している暇はない。


俺が手を差し伸べると、少女は恐る恐る俺の手を取った。


「ちょっとごめんよ」


「ひゃっ!?」


俺はそんな少女を抱きかかえ、その部屋のベランダへと移動する。


「と、飛び降りるの…?」


胸の中で、少女が怯えたようにいう。


「大丈夫だ。俺を信じてくれ」


「う、うん…!」


少女が頷いて、目を瞑った。


「インビジブル」


俺は自身と少女に透明化の魔法をかけ、それから地面を蹴って跳躍。


ベランダから飛び降りた。


「きゃぁああああああ!!!」


体に感じる浮遊感が怖かったのだろう。


少女が甲高い悲鳴をあげる。


俺は浮遊魔法を使い、落下の勢いを殺し、それからゆっくりと上昇した。


「と、飛んでる…!!」


恐る恐る目を開けた少女が、自らが浮いていることに気づき、一転、興奮した声をあげる。


「大丈夫だ。ちゃんと着地できるからな。安心しろ」


透明化していても声までは消えない。


俺は少女に大声を上げられたら困るため、そう言って宥めながら野次馬たちの上空を通過する。


「すごい…!お兄ちゃんは魔法使いさんなんだね!!!」


「あ、う、うん…!そうだぞ!俺は魔法使いなんだ」


「すごいっ!!すごいっ!!」


スキルの力、と解釈せずに魔法使いだというところがまさに幼子といった感じだ。


俺はそのまま少女を怖がらせないようにゆっくりと飛行し、野次馬の背後に着地した。


誰も見ていないのを確認してから、こっそりと透明化の魔法を解く。


「魔法使いお兄ちゃん、ありがとう!」


「おう。助けられてよかったよ」


キラキラとした瞳でお礼をいう少女に俺は笑いかける。


「私も…!将来お兄ちゃんみたいな魔法使いになれますか?」


「え…」


「なれますか!?」


「な、なれるんじゃないか…?」


小さな子の夢を壊すべきじゃない。


俺がなれるよと言うと、少女はやったやったと嬉しげに飛び跳ねる。


「ほら、そろそろ両親のところに行かないと。あっちにいるよ」


俺は離れたところにいる彼女の両親を指さした。


「あっ、お父さんとお母さん…!」


先ほどの夫婦を見て、少女がそう言った。


やはりこの子が、あの二人の娘で間違いなかったようだな。


「ばいばい、魔法使いのお兄さん!」


「おう、バイバイ…って、あっ、ちょっと待ってくれ」


「んぅ?」


「いいかい、お嬢ちゃん。俺は魔法使いは魔法使いでも、知られざる魔法使いなんだ。普段は正体を隠して生きてる。だから俺のことは誰にも言っちゃダメだよ?お父さんとお母さんにもだ」


「知られざる、魔法使い…?」


「そうだ。わかるかな?」


「すごいっ!!かっこいい!!」


「お、おう…」


「わかった!秘密にする!絶対誰にも言わない!!」


「よし、いい子だ。約束だぞ?」


「うん!」


満面の笑みで少女は頷いて、たたたと両親の方へ駆けて行った。


俺はその後ろ姿を微笑ましく見守ってから、踵を返して反対方向に歩き出した。


俺にはまだやるべきことがある。

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