第127話


「荷物はこれで全部ですね」


「はい、そうです」


「それじゃあ、ここにサインをお願いします」


全ての荷物を新居に運び終えた引越し業者が、サインを求めてくる。


俺が手早くサインを書くと、引越し業者のお兄さんは「あざした」と帽子を取って一礼してから去っていった。


俺はお兄さんが廊下の奥に消えていくのを見届けてから、ガチャっと扉を閉じて「ふぅ」と一息ついた。


「ようやく終わった…」


早朝から続いた引越し作業がようやく終わったことに安堵する。


「美久。出てきて大丈夫だぞ」


広いリビングを通過して、俺は浴室の方へ。


扉をこんこんと叩くと、恐る恐るといったように美久が顔を出した。


引越し業者と接触するのが怖くて、今まで隠れていたのだ。


「ぎょ、業者さん…もういない?」


心配そうに聞いてくる美久に俺は笑いかける。


「ああ。みんな帰ったぞ」


「そっか…」


美久がほっと胸を撫で下ろして、浴室から出てきた。


二人してリビングへ戻る。


美久が周囲をぐるりと見渡しながら言った。


「ひ、広いね…」


信じられないと言った表情でごくりと唾を飲んでいる。


そりゃあ、今まであんなに狭い部屋に住んでいたわけだからな。


いきなりこんなに広いところに引っ越してきて戸惑う気持ちもわかる。


「お、お兄ちゃん…家賃は…どのぐらいなの…?」


「だいたいこれぐらいかな」


俺は恐る恐る聞いてくる美久に、手で家賃の額を示す。


美久の目が驚きに見開かれる。


「そ、そんなに…うぅ…ごめんなさい、お兄ちゃん」


「ちょ、美久…?どうして謝るんだ…?」


「だって私のせいでこんなに高いところに…」


「いやいや、いいんだよそんなこと。これくらいどうってことない」


俺は美久の頭を撫で、安心させるようにいう。


「確かにここの家賃は以前の俺たちに取っては高額だ。でも、今は俺が中級探索者やってたくさん稼いでる。だから何も心配することはない」


「でも…」


「大丈夫だよ、美久。大丈夫だから」


美久を抱きしめて、頭を撫でる。


「ここなら絶対に安全だ。前みたいに強盗が押し入ったりすることもない。お前の安全が買えるならこれくらいの家賃なんて安いもんだ」


「…っ」


美久は何も言葉を発しなかった。


その代わり無言で、ギュウウと抱きついてくる。


俺はしばらくそのままで、美久が落ち着くのを待つ。


やがてどちらからともなく俺たちは離れた。


そして、ダンボールの積み重なったリビングを見渡す。


この物件は家具備え付けのため、あとはダンボールの中の荷物さえ出せば引越し作業は終了する。


俺が早速取り掛かろうと手近な段ボールに手をかけたところで、美久が服を掴んできた。


「待って、お兄ちゃん」


「ん?どうかしたか?」


「お兄ちゃんは休んでて。荷物出すのは美久がやるから」


「えっ…だが」


「大丈夫。それくらいやらせて、お願い。美久、出来るから」


「こ、この量を一人でか…?流石に無理なんじゃ…」


「一人じゃないよ。ほら」


そう言った美久が地面の自らの影を指さした。


影は見る間に形を変えて、ぼんやりと浮き上がった。


まるであの時、強盗と戦った時のように空中に浮き出して変幻自在に動いている。


これは…美久のスキルの力だ。


「すごいな美久…これ、どうやったんだ?」


「お兄ちゃんが学校に行っている間に練習したの…見てて。美久の命令通りに動くんだよ?」


そう言って美久が影に向かって命令する。


「ダンボールから荷物を取り出して?」


『…』


影は無言でゆらゆらと縦に首を振った。


了承した、ということだろうか。


「おお…?」


見てると、影からにゅっと手のようなものが生えてきた。


そしてまるで人間の手のようにダンボールを封じていたガムテープを破って、中の荷物を取り出す。


「す、すごい…!」


まるで魔法によって生み出せる使い魔、ゴーレムのようだった。


いや、それよりももっと賢く、精密な動きができる。


俺は人さながらの美久の影の動きに感嘆してしまう。


「すごいじゃないか、美久…!こんなことができるようになるなんて…!」


これは本当に驚かされた。


今美久に探索者試験を受けさせたら、実技だけなら通るんじゃないか…?


「えへへ…ありがと」


褒められて照れ臭かったのか、美久が頬を掻いた。


「そういうわけだから、お兄ちゃんは休んでて」


「わ、わかった」


ここまでされたら俺も引き下がらざるを得なかった。


俺がソファに座って休みの体制になると、美久は役に立てるのが嬉しいと言った感じで、せっせと荷解きに取り掛かったのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る