第60話


「美久、大丈夫か?帰りたくなったらいつでも言えよ…?」


「う、うん…だ、大丈夫…だよ、お兄ちゃん…」


「そうか!?本当に大丈夫なのか!?なんかすげー顔が青ざめているような気がするんだが…!?」


「ちょ、ちょっと怖いけど…で、でも大丈夫…だよ。うん。頑張る…」


美久の希望で俺は美久をデパートでの買い物に付き添わせていた。


手を繋ぎ、震えながら歩いている美久に合わせてゆっくりと移動する。


美久の表情は青ざめていて、神経質に周りをキョロキョロと見回している。


ずいぶん無理をしているように見えるのだが、しかし、頑なに帰りたいという一言は口にしない。


必死に前へ向かって進もうとしている気概が感じられた。


俺は美久の手をしっかり握りながら、美久が踏み出そうとしている大きな一歩をサポートする。


「お、お兄ちゃん…まずはどこにいく

の…?」


「そ、そうだな…ええと…まずは調理器具が古くなってたから、新しいのを買いに行くぞ…エレベーターに乗って3階に行こう」


「わ、わかった…」


俺は美久とともにエレベーターに乗る。


「ひゃっ」


最初エレベーターに乗ったのは俺と美久の二人だけだったが、後からどんどん客が乗ってくる。


人が近くにやってくるために、美久は軽く悲鳴をあげて、ぎゅうと俺の手を握ってくる。


俺以外の人間にここまで接近されることが、美久にとってはほとんどないケースだからな。


怖くなって当然だろう。


「大丈夫。大丈夫だからな?」


「う、うん…」


美久の耳元で囁いてやると、体の震えが少しずつ収まってきた。


「ふぅ…」


やがて目的の3階に到着。 


エレベーターの狭い空間から出ると、美久が安心したようにため息を吐いた。


「一旦休憩するか?美久」


「ううん、大丈夫…そのまま、行こ?」


「オーケー。じゃあ、行こうか」


俺は美久と手を繋いだまま、調理器具の売っている店舗へ向かう。


「なんか、足取りが軽くなってきたんじゃないか、美久」


「そ、そう、かな…?」


いろんな店で必要なものを買い揃えているうちに、俺は美久の足取りがずいぶん軽やかなものになっていることに気づいた。


「慣れてきたか?」


「う、うん…まだちょっと怖いけど…な、慣れてきたかも…」


「そうか。偉いぞ、美久」


「えへへ」


頭を撫でてやる。


妹が成長していく姿を間近で見られるのは嬉しいな。


今日は頑張ったご褒美にご馳走にするとしよう。


「よし、美久。今日はお祝いにするぞ。何が食べたい?」


「えっ、お、お祝い!?なんの…!?」


「美久が勇気を出して大切な一歩を踏み出したお祝いだ!!美久は今日、たくさん頑張ったんだから、ご褒美は絶対だぞ?」


「そ、そうかな…?私、頑張れてたかな…?」


「おう、偉いぞ。美久」


頭をなでなで。


美久の表情が一気に和む。


「そ、それじゃあ…あの…鍋とか食べてみたい…かな…」


「鍋か!!それいいな!!」


そろそろ鍋の季節でもあるし、調理器具や具材も簡単に見つけられることだろう。


探索で得た稼ぎで懐も潤ってるし、今日は思いっきり贅沢してしまおう。


「美久!!肉をいっぱい買うぞ!!肉山盛りの鍋にするぞ!!」


「うんっ!!お肉食べる!!」


美久が幸せそうに笑う。


美久の幸せが俺に幸せ…


俺が幸福感を噛み締めていた、その時だった。


ズダダダダダダダ!!!!


「おらおらおら、全員床に伏せやがれ!!!」


「このデパートは俺たち『アンノウン』が占拠した!!!」


銃声とともに、フロアのあちこちで、覆面を被った男たちが暴れ出したのだった。



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