第8話


「おはよ、お兄ちゃん」


「おう、おはよう美久」


翌朝。


俺が台所で朝食を作っていると、美久が起き出してきた。


ぼんやりとした表情のまま洗面所へ行き、顔を洗っている。


「昨日…寝た記憶がないんだけど…私、何してたんだっけ…?」


「そ、ソファに座ったまま寝てたから、布団に俺が運んで置いたんだよ」


「そうなんだ…なんか記憶が曖昧。寝る前にお兄ちゃんと話していたような…」


「…」


魔法のことは、いつか美久に打ち明けよう。


でも今じゃない。


時期を見てからだ。


「もう少しでご飯できるからな」


「うん、わかったぁ」


顔を洗った美久は、いつものようにソファに座ってテレビのスイッチを押す。


どうやらニュースを見ているようだ。


「わぁ、何これ、すごい!」


「ん?どうかしたか?」


美久がいつになく驚いたような声を出したので、俺はチラリとテレビを見る。


「太平洋上で巨大なエレルギー反応を観測だって!宇宙人かもしれないって!」


「え…?宇宙人?」


一体何事かと俺もニュースを見て、アナウンサーの読み上げに耳を傾ける。



“昨夜未明、太平洋上で高エネルギー反応が、米軍の衛星によって確認されました。宇宙人によるものという説が流布する中で、アメリカ軍は、日本政府と連携し、周辺国の軍事活動の可能性も視野にれて調査をしているということです”



「げ…」


海上で高エネルギー反応。


これってまさか俺…?


「すごいね!宇宙人だったらどうする…?お兄ちゃん!」


「そ、そうだな…」


俺は冷や汗を流しながら、流れてきた映像を見る。



“ご覧ください!燃え盛る海上の近くに、浮いた人影のようなものが見えます。この影こそが宇宙人であるという説が、ネットを中心に全世界に拡散しています”



あ、これ俺だわ…


「お兄ちゃんはどう思う?これ、宇宙人だと思う?」


美久が目をキラキラさせてそう聞いてきた。


まさか、あれ俺だよなんて言えるわけもなく、俺は笑って誤魔化した。


「は、ははは…う、宇宙人ってことにしないか。そのほうが夢があるだろ?」


「確かに!じゃあ、私宇宙人説を信じることにする」


「…」


無邪気な美久を他所に、俺は現代の監視技術に震撼し、もう2度と外で大胆に魔法は使うまいと固く心に誓ったのだった。




「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」


「おう、行ってくる」


制服を身につけ、カバンを背負った俺は、美久に見送られて家を出た。


いつもの通学路を歩き、高校へと向かう。


ちなみに、本来なら中学に通っている年齢の美久は、学校へはいかない。


美久は入学してすぐにいじめの標的になり、それがトラウマで登校できなくなってしまったのだ。


俺は最初美久に、辛くてもいいから学校へは行っといたほうがいいと登校を促したのだが、その結果美久が自傷行為を初めてしまい、最終的に自殺未遂というところまで行ってしまったために、自分の選択が間違っていたことを知った。


美久の辛さがどれほどのものかわかってやれなかったことを死ぬほど後悔した。


それからは美久には一切登校を勧めなくなった。


美久は部屋から出ることも怖がるようになったのだが、それでも家の中にいる美久はとても元気だ。


一時はすっかり周囲に対して心を閉し、一日中一言も喋らないくらいに塞ぎ込んでいたが、最近はテレビを見るのを趣味にしていて、好きな番組の話などを俺にしてくれるようになった。


ともかく美久が楽しそうにしているところを見るのが俺は好きだ。


1人で生きていけない美久を守る義務が、俺にはある。



「うわ、今日も来やがったぜ、乞食野郎」


「制服ぼろすぎだろ…」


「うわぁ…貧乏クセェなぁ…あいつ」


「こっちよるなよ。貧乏が移るから」


教室へ入ると、今日も今日とてクラスメイトからそんな暴言を浴びせられる。


美久ではないが、俺も高校で軽いいじめにあっている。


クラスメイトは俺の見窄らしい身なりを指さして「乞食」というあだ名で呼ぶ。


糸の縫い目のある鞄や、古着を縫い合わせて作った筆箱が、彼らからしたら貧乏くさすぎて見ていられないのだそうだ。


いいよなぁお前らは。


養ってくれる両親がいて。


こっちはバイト代だけで必死に生きているというのに。


彼らに人の心はないらしい。


すれ違えば舌打ちしたり、悪口を言ってくる彼らと、俺は極力関わらない生活を送っていた。 


「うわ…最悪…今日も来たんだ…」


俺が席に座ると、隣の女子があからさまに顔を顰めて、わざと机を少しずらした。


以前はクラスメイトたちのそんな態度に傷ついていたものだが、今の俺はむしろ、どこか懐かしい気さえしていた。


そういや俺、いじめられていたなぁ、と。


はっきり言って異世界で数々の死線をくぐり抜けて、なんとか生き延びてきた俺にとって今更いじめなんて大した問題じゃない。


思春期の多感な若者たちの、単なるストレスの捌け口。


いや、じゃれあい程度に思えてきた。


こいつらも毎日毎日よくやるよなぁ、と。


微笑ましくすらある。


「おい、何ニヤニヤしてんだよ乞食」


「キモいんだよ。学校くんじゃねーよ」


「俺たちに貧乏が移ったらどうすんだ?」


俺が俺を拒絶するクラスメイトたちを見て薄く笑っていると、三人の男たちが近づいてきた。


デブ。


チビ。


ノッポ。


俺が頭の中でそう呼んでいる三人は、いつも何かにつけて俺に絡んでくるこのクラスの問題児たちだった。


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