第5話


「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」


「…はっ!」


気がつくと、どこともしれない場所に立っていた。


目の前に、見覚えのある、どこか懐かしい人物が立っている。


「どうしたのお兄ちゃん!?急にぼんやりして…具合でも悪いの…?」


「え…お前は…」


俺は辺りを見渡した。


どこともしれない場所じゃない。


ここは…日本の、俺のアパートだ。


美久と一緒に住んでいた…懐かしい、俺の帰る場所。


そして目の前にいるのが、俺の唯一の肉親。

最も大切な存在。


世界で一番、幸せになってもらいたい人物。

妹の美久だ。


「体調がすぐれないなら、バイト休んだら…?私が電話入れておくから…ひゃあっ!?」


「美久っ!!会いたかったっ!!」


気がつけば俺は妹に抱きついていた。


十数年ぶりの再会。


俺は募りに募った美久に対する感情を爆発させる。


「ちょ、お兄ちゃん!痛いよ…っ」


「あっ…す、すまん…」


気づけば、美久をずいぶん強く抱きしめてしまっていた。


慌てて解放する。


「急にどうしたの…って、え…」


「ん?」


美久が俺を見て大きく目を見開いた。


徐に、俺の頬を人差し指でなぞる。


「どうして泣いてるの…?お兄ちゃん…?」


「え…俺が…?」


そこで俺は初めて気づいた。


自分が涙を流していることに。


「あれ…なんだこれ…?俺なんで泣いてんだ…?」


泣いていると意識してしまったら、ダムが決壊したみたいに、次から次へと涙が流れてくる。


止めようと思っても止まらずに、俺は恥ずかしかったため、顔を背けた。


「お兄ちゃんっ!」


すると、後ろから美久が抱きしめてきた。


「み、く…?」


「お兄ちゃん、大丈夫。大丈夫だからね」


「え…?」


「何か辛いことがあったんだよね…?大丈夫。美久がいるから…お願い、話してみて」


「…っ」


「お兄ちゃんの辛いこと、美久が全部一緒に背負うから。一緒に考えるから。もしかして美久のせい?美久がいるからお兄ちゃんが辛いの…?」


「違う…っ!俺は…!」


「ねぇ、お兄ちゃん…!聞いて…!美久がいるせいでお兄ちゃんが辛いなら…美久は出ていく。だってお兄ちゃんが幸せじゃないと美久も幸せじゃないから。美久が出ていって、それでお兄ちゃんが幸せなら、美久出ていくよ」


俺は思わず振り向いて、美久を抱きしめ返した。


「違う…!美久がいるせいじゃない…!俺はつらくなんかないっ!出ていくなんて言わないでくれっ!美久と一緒にいることが、俺の幸せなんだ!」


偽りない本心を口にする。


すると、胸の中で美久の顔が綻んだ。


「ほんとぉ?よかったぁ…美久と一緒だぁ。美久もお兄ちゃんがいれば、何もいらないよ?」


「…っ」


そこで俺はようやく気づいた。


アマテラスに美久を幸せにしてほしい、と願ったら、なぜかここへ戻ってきてしまったわけ。


それは…


俺自身が美久の幸せだったからだ。



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