へその緒

犬神弥太郎

へその緒

  二十歳になった日に、親から桐の箱を渡された。


--お前のへその緒だよ。


 大事に取っておいたというが、なんとなく気味が悪い。


 自分が生まれた時に、母親と繋がっていた証拠。自分が母親から生まれた証拠。


 しかし、ミイラ状のそれをみると、感慨よりも不気味さを感じる。


 実際、何も知らないで箱を開けたら、びっくりするだろう。


 それに、なんとなく手にしていたくない。


 目の前に居るのは義母と義父。自分は養子だ。


 まだ赤ん坊の頃に、本当の両親が急死したために引き取られたと聞いている。


 両親の死因は知らないし、知りたくもない。


 十八の時にそれを聞いた。


 本当の両親の籍に戻りたいかどうかを、二十歳までに考えてと言われた。


 自分にとっては、目の前にいる二人が親だ。


 だから、こんなものを貰っても仕方ないと思う。


 しっかりと「俺の両親は他にいません」と宣言した。


 両親は泣いていた。嬉し泣きというのを初めて見た気がする。


 だから、これは要らない。


 へその緒が入った、桐の箱。


 不気味に感じる、箱。


 ただ、ちょっと興味はある。とも伝えた。


 自分を産んだ人たちが、どんな人達だったのかくらいは興味を持ったから。


 けど、その人達を親とも思えない。とも伝えた。


 そうだよね。と言うと、調べてもわからなかったと告げられた。


 そして、ありがとう。ありがとう。そう言いながら、涙を流していた。


 ただ、赤ん坊だった俺と、へその緒の入った箱。


 何かこの箱を見ると、自分の腹がむず痒くなる。


 ここで繋がってたんだよな。


 箱は既に閉じた。ミイラみたいな干からびたモノを、いつまでも見ていたくはない。


 ただ、箱があるだけで、むず痒さは残る。


 なんでこんなものを渡すかな。さっさと捨てて置いてくれればいいのに。


 そんな風に思ってしまう。


 数日は、手元に置いておいた。


 何かにつけて、気になる箱。


 下手に捨てるのもどうかと思う。


 やっぱり親に返そう。処分してもらおう。


 どうやって処分するかなんて知らないし、親と一緒に処分すれば自分の意志がはっきりしてることが伝わるはず。


 うん、そうしよう。


 そう決めて箱に手を伸ばす。


「見ぃつけた」


 何処かから声。


 なんだ。


「私の可愛いぼうや……」


 声は、すぐ近くで聞こえた。


 思わず声を上げて、部屋を飛び出す。


 階段を降りると、両親が揃っていた。


「そんなに慌てて、どうしたんだ?」


 父親が訝しげに訪ねてくる。


「変な声が……変な……」


 父親はソファーに座り、母親は台所に立っている。


 そして、その間に見知らぬ女。


「大丈夫か?」


 父親は女を気にもせず、母親も台所から出てくるも、女の前を素通り。


「誰……? その人……」


 ふたりとも「ん?」という感じで、なんのことがわからない風。


 きょとんとした顔でこちらを見る。


「ああ、ああ……こいつらが……坊やを……坊やを……取った……」


 女の手には、いつの間にか包丁が握られていた。


 やめろ。


 思うだけで、体が動かない。


 苦笑する父親の顔に、女が包丁を振り下ろす。


 包丁が刺さり、めり込み、えぐり、血が吹き出す。


 何度も、何度も、父親の顔に包丁が振り下ろされる。


 母親が悲鳴をあげる。


 悲鳴をあげて、その場にへたり込む。


  逃げてくれ。早く、逃げてくれ。


 やめろ。やめろ。


「許さない……」


 女が今度は母親に近づく。


 ゆっくりとなのに、母親は逃げない。


 やめろ。やめてくれ。


 包丁が振り下ろされ、母親の頭を割る。


 血しぶきが部屋中に飛び散る。


「私の可愛い坊や……私だけの坊や……」


 女の声だけが、部屋に響く。


 なんでこんなことになったんだ。


 それでも、動けない。


 動けない。


 女が近づいてくる。


 顔が、見えない。


 だが、なんとなくわかる。


 こいつが俺を産んだやつだ。


「坊や……」


 女の声が、頭の中でした。


 はっと気づく。


 右手に包丁。


 体中に返り血。


 左手には、へその緒が入った桐の箱を握りしめていた。



 

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