オト女神様が見守る文化祭
ここで、山田権兵衛の話をしたのには、訳がある。文化祭と言えば、どん。恋のジンクス。これ、定番だよなぁ。だがしかし、山田学園のジンクスはとっておきだ。ご存じの通り、ここにはオト女神像の伝説がある。そして、恋する少年少女たちの望みを叶えるエキスパート、我らオト研が居る。オト研の恒例企画は、こちら。『オト女神様が結んでくれるよ♡縁結び神社』この企画名を考えたのは、もちろんこの俺。この神社に参拝し、ハート形の絵馬に願いごとを書くと、必ず、結ばれるというジンクスだ。
まず、文化祭の準備として、神社の外装を作る必要がある。俺にはそういったセンスが無いらしいから、ゆづちゃんに任せることにした。
「陽太先輩は、絵馬を大量生産してくださいね」
「はい…」
いつの間にか、立場が逆転しているような気がするのだが。まぁ良い、可愛いゆづちゃんの頼みなら、何だってするさ。そして俺は、
ゆずちゃんは段ボールを大量に集めてきて、真っ赤に塗って鳥居やお社を作る。そして俺はこっそり賽銭箱を置いて、仕上げに、裏庭から運んできたオト女神像を設置した。我ながら、なかなか良い出来栄えだ。
「陽太先輩…、賽銭箱なんて置いて、お金を集めるおつもりですか?お金を集めるのはダメだって、生徒会から言われたじゃないですか。飾るだけにしてください」
「う…、バレた」
「先輩が考えていることくらい、分かりますよ」
ゆづちゃんは、なかなか勘が鋭い。気を付けなければ。
そんなこんなで、文化祭当日。想像以上に参拝者が殺到した。文化祭を利用して、告白しようと試みている生徒が大勢居るのかもしれない。オト研は店番をする必要が無いので、各々のクラスで活動することになった。ちなみに、俺のクラスは『男女逆転 和風喫茶』で、ゆづちゃんのクラスは『謎解き脱出ゲーム~魔王城から脱出せよ~』という企画だ。そして現在俺は、抹茶色の浴衣に、フリフリのエプロンを着せられて店番をしている。こういう格好は、湊みたいな容姿の整った奴がするに限ると思うのだが、仕方がない。おっと、早速客がやって来た。
「いらっしゃいませ。何名様ですか」
「二人です」
「「あ」」
驚いたことに店に入ってきたのは、悪魔らしきパーカーを身に纏ったゆづちゃんだった。魔王城とは聞いていたが、ゆづちゃんは悪魔役か。うん、可愛い。パーカーのフード部分には、大きな目玉と角がついており、何とも言えない可愛さだ。
「ゆづちゃん…と、誰だ君は」
「この方は私のクラスメイト、
信くんとやらは、髪の毛が真っピンクでいかにもチャラそうだ。ゆづちゃんは、こんなにチャラそうな奴と仲良くしているのか。心配だ。俺の可愛い妹にちょっかい出すなよ、と睨みつけたのだが、気づいているのかいないのか、スルーされてしまった。
「こちらのお席へどうぞ」
「陽太先輩が敬語を使っているところ、初めて見た気がします」
「確かにな。敬語はあまり好まないのだが、一応店番だからな。それに今日は『陽太ちゃん』だし」
「今日の陽太先輩、可愛いですね。浴衣、お似合いです」
「可愛いとか言われても、全然嬉しくないなぁ。俺なんかより、ゆづちゃんの格好の方が何百倍も可愛いぞ」
「先輩と比較されても、嬉しくないですね」
「何だと」
「仕返しです。フフッ」
「もの凄い、小悪魔感…。では、ご注文がお決まりでしたらお呼びください」
そういえば、ピンク頭の信くん、一言も喋らなかったな。以外に大人しいのかもしれない。そうだとすれば、先ほど睨みつけてしまったのは失礼だったが、やはり気に食わないな。
「陽太先輩、注文をお願いします」
「はーい。ただいま」
「和風オムレツと、抹茶アイスを二つずつください」
「かしこまりました」
「あと、陽太先輩」
「何だ」
「休憩時間になってからで良いので、後で一緒に回りませんか?」
「あぁ。だが、そいつとは一緒じゃなくていいのか?」
「信くんですか?彼には先約があるので、問題ありません」
「僕、彼女いるんです」
「は…。先に言えよ。心配したじゃないかよ。というかそんなことより、信くんがしゃべった」
「すみません、先輩、さっきからもの凄い目で睨んでいましたもんね、僕のこと」
「すまん、つい、嫉妬心が燃えてしまってな」
「結月さんのこと、大好きなんですね」
「はぁっ?!勘違いされるような言い方するな。ゆづちゃんは、俺の妹みたいなものだからな」
「それじゃあ、大人しく待っておけよ」
信くん危険人物でないことがはっきりして一安心だが、俺としてはもう少し離れて座って欲しい。ゆづちゃんと距離が近すぎないか…、とそんなことを悶々と考えながらオムレツにケチャップをかける。にこちゃんマークと俺のサインを描いて、完成。元々こういう細かい作業は苦手だが、毎日俺の食事で練習した甲斐があった。なかなかの出来だ。クラスメイトが用意してくれた抹茶アイスも持って、ゆづちゃんたちの席へと急いだ。
「お待たせしました。和風オムレツと抹茶アイスでございます」
「ありがとうございます。あ、もしかしてこのケチャップ、陽太先輩が描きました?」
「そうだが、なぜわかった?」
「なんというか…、少し歪な感じが先輩らしいと思いまして」
「歪…」
俺が描いたことに気づいてくれたのは嬉しい。だがしかし、歪とは失礼な。最近のゆづちゃん、俺に対してあたりがキツイように感じる。
「「いただきます」」
「陽太先輩、次の休憩時間はいつですか?」
「確か十分後くらいだったと思うから、もう少し待っていてくれ」
「わかりました。お待ちしています」
かれこれ十五分が経った。女装したまま校内を回るのは気が引けるが、この後も休憩が終わったら仕事しなければならないし、この格好のまま行くとしよう。
「ゆづちゃん、お待たせ」
「陽太先輩、どちらに行きたいですか?」
「そうだな、少しだけオト研の縁結び神社に、様子見に行ってもいいか?」
「わかりました。その後で良いのですが、行ってみたい場所があります。お付き合いいただけませんか」
「あぁ、それじゃあ行こうか」
『オト女神様が結んでくれるよ♡縁結び神社』に到着してすぐに、壁一面に掛かった絵馬を眺めた。ふと、ある一枚の絵馬が目に入り、しばらく目が離せなかった。そこに書かれていた内容を、何度も何度も読み返した。
『二年五組の清水結月ちゃんと、お付き合いできますように。
何度読んでも、確かにこう書かれている。誰かが、ゆづちゃんを狙っているというのか。俺の可愛いゆづちゃんを…、どこぞの男なんぞに取られてたまるかっ。よし、俺も絵馬を書いてみるか。ゆづちゃんに見つかると怒られそうだから、ひっそりと人目のつかない場所に掛けておくとしよう。それにしてもさすがゆづちゃん、モテるんだなぁ、なんて思いながら先ほどの絵馬をもう一度読み返していた。
「陽太先輩…、願いを叶えるためなら仕方ありませんが、他人の願いをそんなにも凝視しては、可哀そうですよ。さあ、様子も確認できたことですし、そろそろ行きましょうよ」
「あぁ。ときにゆづちゃん、これからどこに向かおうとしているのだろうか」
「それはですね…、着きました。ここです」
ゆづちゃんが勢いよく指さした、その先にあったのは生徒会の企画、『ドキドキ クイズラリー』だった。
「ネーミングセンス、ないな。俺だったらもっと、かっこいい感じのにするんだがな。はっはっは」
「先輩がそれを、言わないでください。先輩が考えると、大変なことになるじゃないですか。オト研の企画名が、物語っていますよ。現実を、見てください。そんなことより、早く行きましょう」
「そんなことって…。俺の話はそんなことなの?!」
ゆづちゃんに引っ張られて、生徒会室に入った。
「いらっしゃーい。クイズラリーの、参加希望者?」
「はい」
「簡単に、ルール説明をしますね。まず、校内のあちらこちらに問題が書かれた看板が設置されています。その問題を解くと、暗号となる文字が一文字、現れます。看板に書かれた数字の順番にその文字を並べていくと文章が出来上がるはずなので、完成したら生徒会室に持ってきてください。この企画はペアで協力してやってもらうことになっているので、この手錠を着けて、いってらっしゃーい」
ガチャリ。突然、俺とゆづちゃんの腕が掴まれ、それなりに頑丈そうな手錠を
「はぁっ…?!手錠するなんて、聞いてないぞ」
「逃走防止用でーす。仲良く、頑張ってね」
「あのハイテンションな、副会長め。まんまと嵌められたぜ、手錠だけに」
「…、寒いです」
「悪かったな、寒くて。じゃ、行くか」
歩き始めたそのとき、ゆづちゃんが俺の肩を叩いてきた。
「陽太先輩、看板ってあれのことじゃないですか?」
「そのようだな。どれどれ、見せてみろ」
「その必要はありません。答え、わかりましたよ」
「速っ?!」
ゆづちゃんは俺より年下なのに、結構、いやかなり頭が いい。俺に考えさせる隙を与えなかった。そんなこんなで無事に全ての問題が解き終わり、再び生徒会室へと向かった。
「お疲れ様ー、君たち、かなり早く戻って来ましたね。最高記録更新したんじゃないですか?それで、隠されたメッセージは何でしたか?」
「「月が綺麗ですね」」
「おぉ、息ぴったり。もしやお二人、カップルさんですか?」
「違うわ。大体、こんな真昼間っから、月なんか見えないんだよ。誰だよ、こんな悪意しか感じられないメッセージを考えた奴は」
「はいはーい、私」
「副会長かよ」
「陽太先輩、よく見てください。今、窓から真っ白な月が見えますよ」
「…、確かに」
「もう、そこの君。何ケチつけてくれちゃってるんですか。いいじゃないですか、ロマンチックで」
「すまん」
「それでは、参加賞のお菓子と、最高記録を塗り替えた記念に特製ぬいぐるみをプレゼントー。おめでとう」
「ありがとうございます、副会長さん」
「なんだゆづちゃん、もしかしてその景品を狙っていたのか。というか副会長、いい加減この手錠、外してもらえないかな。忘れているだろ」
「あら、ごめんなさい」
「いや、絶対わざとだろ…」
副会長が、どこからか手錠の鍵を持って来た。それも、とてつもなく残念そうに。ガチャリ、と鳴ってようやく解放された。
「手錠をしていたとき、先輩と手を繋いでいるような錯覚に見舞われました」
そう言いながらゆづちゃんは、下を向いた。
「そんなに悲しそうに言うなよ」
「違うんです。嫌だったとか、言っているわけではないんです」
「…?」
「陽太先輩となら、手を繋ぐのも、嫌ではないというか…むしろ…」
ゆづちゃんが、何かに気づいたかのように顔を上げた。そして、声がだんだんと小さくなっていった。何だろう、と思って視線の先を追うと、見知らぬ男が大きく手を振りながら、走ってきた。
「結月ちゃんー、清水結月ちゃん。ちょっと、大事な話があるんだけど」
うわ、チャラそうな奴第二号が現れた。今度は金髪男だ。なぜ、どいつもこいつもいいところで邪魔するんだ。これから、もの凄く嫌なことが起きそうな予感がする。俺、勘だけはなぜか昔からいいんだよなぁ。
「えっと…、どちら様ですか」
「忘れられているなんて、悲しいなぁ。同じクラスの涼だよ」
ただでさえどぎつい見た目なのに、さらにこっちに向かってウインクしてきやがった。
「だからぁ、君、結月ちゃんに用事があるんだってば。ちょっと来てよ」
「ごめんなさい、今取り込み中なので」
「そうだそうだ、新参者はさっさと帰りたまえ。ゆづちゃんは、君にかまってる暇なんてないの。今俺と、君の話なんかよりずっと大事な話をしているんだから」
「さっきから思ってたんだけど、あんた誰?」
「俺は、ゆづちゃんの先輩。君よりも、ゆづちゃんと仲良いから。残念だったな」
「涼くんには申し訳ありませんが、お引き取りください」
「何だよお前ら。せっかく結月ちゃんと仲良くしてやろうと思ったのによ。後悔しても、知らないからなぁ」
やっと、五月蝿い奴が居なくなった。あんなに偉そうな態度を取っておいて、ゆづちゃんに好かれる訳がなかろう。
「それでゆづちゃん、むしろ…の続きは?」
「…、ご自分で考えてくださいよ」
「えー、ゆづちゃんの口から、聞きたい」
たったの二文字に期待して、ゆづちゃんの顔をまじまじと見つめていると。
「向こうを向いていてください」
「へ…?」
突然ぐいっと顔の向きが変えられて、視界からゆづちゃんの姿が消えた。すると、ほんの一瞬、ほっぺたに柔らかい感触があった。
「キs…」
「先輩、休憩時間はもう終わりです。戻りますよ」
そう言った彼女の顔は下に向けられていて、半分ほどしか見えなかったが、今までに見たことのないくらい、真っ赤だった。ふと、窓から覗いたオト女神像が、微笑んでいる気がした。
『オトメ♡研究同好会』の恋多き日常 天音 いのり @inori-amane
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