第41話「長谷部くんは息子になる」
「えっ? ええ!?」
彼女の作品を添削位ならできるかもと協力をしようかと思った最中だ。そきに更なる衝撃がやってくる。
「制作って言っても、ちょっと色々と青春っぽいことを味わってみたいなぁと思ってですね」
「それを僕に頼むか……? 青春なんて、一つも縁がなさそうな僕に……?」
自分が言った通り、まだまだ青春度は足りていないと思う。先日知り合った男子の方が陽キャ度は高く、あちらの方が間違いなく楽しい青春を送ることができると思うのだが。
「でも、男子の考えとかも知りたいですし……何でしょう? 長谷部くんとなら、何かいいものを見れそうな感じがするんですよね?」
「そんなあやふやな……?」
「って、ちょっと待ってください。そう言えば……この前、れこちゃんと長谷部くん、お出かけしてましたよね?」
何を言い出すかと思えば、今度は前回のお出かけについて話題に出してきた。確かにツン崎さんと二人で猫カフェに行った。周りの目から見たら、デートに見えること間違いなしだったか。
「まぁ……」
「やっぱ、問題ないですね! とっても素敵な青春を送れる逸材じゃないですか。れこちゃんと長谷部くんの素敵なものを見れるんですよね……そして、私はお母さん役になれる?」
「えっ、貴方お母さんヒロインになるの?」
「そうです! 主人公のお母さんのモデルは女子大生である自分! どうでしょうか?」
穂村さんは今、燃えている。その情熱を僕の自分勝手な感覚で絶やす訳にもいかない。いや、でもお母さん役でいいのだろうか。
「ヒロインじゃなくていいの?」
「ん? 私をヒロインにしたとしたら、怒られちゃいませんか? れこちゃんに」
「あっ、これ、ツン崎さんと付き合ってると思われてる? いや、告白とかも何もしてないし……」
「そっか……でも、やっぱ、お母さんになりたいのです。お二人さんの面倒を見れるってことは……最高なんですよ……さぁさぁ、荷物まとめて私の部屋に引っ越してきちゃってください!」
「何言ってんの!? 何か穂村さん、テンション高くない!?」
「ま、まぁ、とにかく貴方は今日から私の息子です!」
なるほど。もう役になり込め、と。いや、待て。するとなると、やはりあの激辛料理を食うことになるのか。
いや、寮母さんがいるのだ。そこは穂村さんの手料理を振る舞う機会もない訳で。そうだ。何かあったら、僕に「穂村さんの隣はいいよな? 本当、羨ましいよな」と視線でぶつけてくれる奴に「穂村さんの手料理だよ」と提供してあげよう。きっと涙が出る程、悶絶してくれるはずだ。
なんて……こと考える暇があったら、今の状況をどうにかしなくては。もう一度、穂村さんに意思を問う。
「じゃあ、作品のためにここ何日間かは穂村さんの息子で、ツン崎さんが娘ってこと?」
「そうですね。私がれこちゃんの義母ですかね……」
「ん、ってことは付き合ってるって役にならない?」
「まぁ、そうですね。まぁ、今は役ですし……まぁ、変なことにならないよう、考えておきますから。今は長谷部くんは息子の役に成りきってください! お礼は後でしっかり弾みますから!」
「お礼はいいよ……」
「まぁ、遠慮しちゃうのですね」
一応、穂村さんの話を引き受けておく。ここで断るのができないのも僕の性格だ。話し合っている間に朝へと変わっていく。僕は着替えてから、穂村さんと共に食堂へと移動した。
するとツン崎さんと遭遇。人が並んでいる中からわざわざ戻ってきて、僕の方へと詰め寄った。
「ちょっとちょっと、アンタアンタ……まさか朝ずっと絵里ちゃんと一緒にいたんじゃないでしょうね……?」
「いや、それがどうか……」
「もう朝は色々と忙しいのよ! 女の子は特に! それなのにアンタは興味だけで絵里ちゃんの部屋にずっといるってことは……」
何だ何だと彼女の言葉に圧倒されているうちに穂村さんが声を掛けた。
「ああ、誤解しないでください。ちょっとご協力したいことをお願いしたんですよ」
「ん? 何?」
穂村さんはツン崎さんと僕と共にお盆を持って、並ぶ。ほっかほかの白飯とキャベツたっぷりのコールスローサラダにハムエッグを受け取って、テーブルの方へ。
その間に自身が小説を書いていること。モデルとして協力してほしいことを告白していった。ツン崎さんのお盆が揺れそうになるも、零れる直前で何とかテーブルに置くことができた。
「絵里ちゃん、本当のことなの?」
僕はテーブルの隅にあった汚れを持ってきたウェットティッシュで拭きながら、互いのこそこそ話を聞いていた。
「ええ。ごめんなさい」
「本当に、アイツとのヒロインをワタシにやれ……と?」
「ダメ……ですか? 私の息子をお願いできませんか?」
大きい声で他の利用者に聞こえないように、だ。そうでなければ、あらぬ誤解を他の人から受けていく。
ツン崎さんは穂村さんのお願いとのことで断り切れなかったみたいだ。
「……絵里ちゃんには、結構お世話になってるし……あんま大きなお返しができなかったし。ううん、別に困ることじゃないみたいだし……分かったわよ」
「ありがとうございます」
「で、何をするの?」
穂村さんは少し考えてから「青春、青春」と呟いてから、一つの場所を提案した。
「そうですそうです! 青春の決まった場所と言えば、カラオケとかどうでしょう? 今日、空いてますか? 終日カラオケなんてものは……!」
「つまり、絵里ちゃんと長谷部愛助と一緒に行くってことね……」
「ええ! 私がお母さんとして……! お母さん役として! 見守っております!」
そう豪語したタイミングでしゅっとツン崎さんの鋭い視線がこちらに向いた。心が飛び跳ねた直後に言葉がやってきた。
「ってことで、変なことはしないように……! 男って密室のカラオケで何するか分からないし……まぁ、カラオケってこと自体はいいかもね……ちょうど歌の練習したいってことだし……!」
ふと、そこで僕の嬉しさメーターが上がった。
ツン崎さんはカフェラテさん。歌の練習をしたいとのことは、カフェラテ子さんが歌をアップするための布石ではないか。ツン崎さんは自分の正体がバレていないと思っているだろうが、僕は知っている。
待って。カフェラテ子さんの歌声を生で聞けるということでもあるのだよな。時々ネットで聞く「
塩コショウの効いたハムエッグの柔らかくてねっとりする半熟の部分を口にしながら、心を躍らせていた。
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