第4章「穂村さんは爆発する」

第40話「穂村さんは地響きを起こす」

 ある日の未明。

 ドカンと一発とんでもない音がして目を覚ました。この大学寮で朝から何かやることでもあっただろうか。

 昨日はカフェラテ子さんの応援に勤しんでいて、寝たのが遅かった。最近は彼女にイラストでも送ろうかと思い、練習もしている。ただただ彼女に褒められたい一心で、ね。

 だから眠い。

 もう少し寝てようとしたところでもう一回、ドカンと。地響きがしたため、布団から転がって壁に顔が激突。


「痛いなぁ……何だよ」


 急遽、取り壊し工事が始まったなんてことはないであろう。ないと信じたい。立ち退きとかの話を聞いていなくて、僕が最後まで残っていたということもないであろう。

 音がしたのはどちらか。

 隣人にはカフェラテ子さんの正体でもあるツン崎さんが住んでいる。逆の方向には、保育学科の穂村さんがいた。今、音が聞こえてきたのは穂村さんの方だったはず。

 前に一度、棚から落ちてきた本に埋もれて出られなくなっていたことがあった。もしかして今度も同じことではないかと考える。ただ本がドサドサッと落ちる音は聞こえなかったから、その可能性は低いか。

 だとしても、心配が残らない訳ではない。

 行ってみて、確かめてからまた眠れば良い。

 そのままパジャマの上にジャージを羽織って、すぐに穂村さんの家へ直行。扉の前で声を掛けようとしていた。

 すると、そこでツン崎さんに出くわした。何だかこちらを睨み付けているような気がするのだが。


「ちょっとアンタ。朝からドタドタと! 寮生活ってのを考えなさいよ!」


 と言われても怯えている場合ではない。


「まさか、ツン崎さんのところにまで音が響いてたんだね」

「何、その他人事みたいな反応は」

「だって、まぁ、他人事だから……音出したの、穂村さんだと思う」

「えっ、そうなの。だったらごめん。絵里ちゃん大丈夫かなぁ?」

「ま、まぁ……何が起こっているか分からないからね。焦る理由は十分あると思うよ……にしても、僕が事故ってた場合は心配してもらえないのかな……? まっ、いっか」


 穂村さんの方が気になるため、呼び鈴を鳴らしてみた。何の反応もないかと思ったら、ドタバタ廊下を走る音が聞こえてきて勢いよく扉が開く。素早く横回避することで今度はドアが顔面にぶつかることは避けられた。

 配慮も忘れた穂村さんの息が上がっていて、相当慌てているのがよく分かる。それでいて彼女はこちらに訪問の意図を尋ねてきていた。


「あら? こんな朝早くに何の用がありましたか? もしかして、火がどっかから出て、逃げようとか!? 燃えてるのは何処なんですか!?」


 そこにツン崎さんが速攻、落ち着かせていた。


「ちょっと待って。待って。絵里ちゃん? 何もないし、騒ぎを起こした犯人は貴方よ……落ち着いて」

「へっ?」

「音がしたって言ってたでしょ? それともやっぱ、音出したのこれだった?」


 僕のことを「これ」って言わないでよ。ツッコミを入れようとしたけれども話がややこしくなるので黙っておく。

 今は原因究明だ。僕が可能性の方を語ってみる。


「ほら、穂村さん。大丈夫だった? こっちまで地響きが来たけど……何か落としたとか、倒れたとかじゃなかったんだね?」


 穂村さんは少し考えた後、ハッとしたかのように話をした。


「あっ、ああ! そうでしたそうでした! ご心配お掛けしてごめんなさい! ちょっと部屋の中ですってんころりん、転がっちゃいまして。朝早く寝ぼけて行動するとダメですねー。すみません」


 見たところ、怪我しているところはなさそうだ。そこを確認して、僕とツン崎さんは安心した。「まぁ、気を付けてね。困ったことがあったら、すぐにワタシ達に相談するのよ」とだけ言い残して、ツン崎さんは部屋の方へと戻っていく。

 僕も帰ろうとしたところ、彼女は人差し指を立てて口元に付けていた。


「ど、どうしたの? 穂村さん?」

「今、長谷部くんが残ってくれていて良かったです」


 何か大人な雰囲気だ。慣れない、不思議な感覚。まさかここで変なことをおっぱじめようとしている訳ではないだろうか。そんな思春期真っ只中な僕の想像が爆発しそうになる。

 いかん、理性を保て。

 穂村さんにおかしく思われること覚悟で自身をビンタする。「どうしましたか?」なんて聞かれている。


「いや、何でもない。で、何?」

「れこちゃんには恥ずかしくて言えなかったんですよ」


 待て、と思った。穂村さんは激辛料理を生み出す人間だ。今日は創作料理に挑戦しました、なんて言われて僕の元に提供してきたら、危険だ。風邪を引いている状態だったら、入院だってあり得る程の強烈さ。不味いで人は殺せない。だが、辛いは殺人の凶器にもなり得てしまう。

 どう優しく断ろうかと悩んだ末に告げていた。


「いやぁ、料理は……」

「あっ、料理が欲しかったんですね。また用意しておきますよ! 一人暮らしって大変ですからね。それも料理なんて実家ではほとんどしなかったものを……ね。長谷部くんはバイトでも頑張ってるのでサービスをしちゃいます!」

「えっ!? あっ!? そうじゃなくって!? えっ、料理の話じゃないの!?」

「ん? 違いますよ?」

「……ヤバい、下手なこと言わなきゃ、良かった……!」

「何か言いました?」

「言ってないよ言ってない! で、本題は何なの?」


 後に待っている悲劇のことは忘れ、今は穂村さんのことについて聞こう。


「小説を書いてること、長谷部くんにしか言ってないじゃないですか」

「そういや、そっか」


 確かに、と思った。以前、穂村さんの家で彼女の描いた物語を読ませてもらったことがある。文学部にいる自分の目ならどう映るか、などの意見を聞くためだったか。

 その件が今回、関係しているのかと首を捻っていたところ、答えが飛んできた。


「さっきの実は、実は、ですよ。感動的な青春ものを書きたいんですが、その中に剣道をやる少女を出そうと思ってたんですよ」

「ってことは、その剣道のやるシーンをどう表現するべきか。実際に体感するか何かして、その剣みたいな奴を壁とかに当てちゃったとか?」

「ご理解が早い! 凄いですね!? 名探偵ですか!? それとも作家目指してました?」


 いや、名探偵ではない。作家も今は目指していない。小さい頃、よく木の棒や傘を剣に見立ててバシバシ振り回していたから。遊んでいたから、なんとなく分かった。


「いやいや……で、新しい作品を……」

「で、そのなんですが……。長谷部くん、この小説の制作を手伝ってもらえませんか?」



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