第39話「ツン崎さんは暁に死す(後編)」

 さてさて、中には猫がたくさんいてツン崎さんもその魅力に神経が侵されていた。


「にゃーん……にゃーん……にゃーご! にゃーん!」


 彼女が猫を呼び寄せようと試みている最中に店の人にカフェの過ごし方について教わった。それから「来てくれないよー」と残念がる彼女にアドバイスだ。


「まぁ、ちょっと……待ってようよ。落ち着いたら、来るんじゃないかな?」

「そっか。う、うん……」

「まずは一息つこう。焦っていても、猫は来てくれないよ」


 ツン崎さんと向かい合う形で席に座る。最近、食堂で見た時のツン崎さんもいいけれど、今も大人で魅力的に感じる。

 僕が今、抱いている感情って何だろう? カフェラテ子さんに持っているものとは違うんだよな。

 そんなことを考えていると、突然彼女が僕のことを語り始めた。


「まさか、アンタとこんなことをする日が来るとはね。夢にも思ってなかったわ」

「それは自分もだよ。お隣さんだけの存在。同じ大学には通ってるけど、学部も違ったから、ちょっと挨拶するだけだと思ってたし。隣人として迷惑ばっか掛けてたからさ」

「でも、それってちょっと不器用なだけでしょ?」

「えっ?」


 彼女が何だか柔らかい物腰で話そうとしているから、少し驚いた。手をテーブルの上に置いて、次の言葉を待つ。


「不器用で迷惑を掛けちゃうけど、本当は何とか人を助けたいだけってことは分かってるからさ。それが時々、不快になるかもしれないけど……お互い様と言うか、まぁ、ワタシの方が迷惑掛けてるのかな?」

「いや、ツン崎さんに迷惑を掛けられたって思うことはなかったし。助かったと思うことが多いよ。何か、お互い様って言うのはおこがましい位」

「……そう? なら、良かった。でも、少しでも言葉遣いが変だったり、心にくるようだったら教えてよ」

「分かったよ」

「そしたら、もっと厳しく責め立てるから」


 あれ、今言葉遣いが酷かったら、もっと優しく言い直すって発言する場面ではなかったか。雰囲気ではなかったか。

 いや、しかしあまり雰囲気に流されず、芯がしっかりしているところもツン崎さんのいいところであるだろう。僕は笑うことで反応した。


「あはは……さてさて。そろそろ猫も」


 近づいてきているかな、と思ったところでメイド姿の店員さんから「猫にあげてくださいにゃー」とおやつや猫じゃらしを貰った。これで存分に猫を楽しめるってことか。

 ツン崎さんはもう楽しそうに猫の到着を待っている。

 ふりふりしたところに猫が集まると、「いやぁ! きゃわいいー!」と尊い姿を褒めたたえている。スマートフォンを取り出して、何度もシャッターを連打していた。

 そう言えば、ツン崎さんって猫に似ているかもな。芯の強い気分屋。いつもは厳しい姿も見せるけど、時に甘々な状態を見せてくれる。

 少しずつだが、その感覚も癖になってきたかもしれない……いやいや、僕は隣人に対して、どんな感情を抱いているのだろうか。

 彼女のところに猫が来るまでもう少し。

 後ちょっとの努力と言うところで他の女子大生らしき客が「おーい!」と呼んだだけでそちらに走っていってしまった。


「ああ、ワタシなんかより、そっちの綺麗な女の子がいいのね」


 それは残念。なんて笑っていると、何故か彼女はこちらに話を向けてきた。


「長谷部……愛助! アンタに言ってるのよ。聞いてるの?」

「えっ!? 猫に対してじゃなくてっ!? 僕に!?」


 彼女はむすっと頬を膨らませて、怒っている。これはお出かけに最悪なシチュエーションではないだろうか。


「ほらほら、可愛い女の子見て、顔を真っ赤にして。鼻なんて伸ばしちゃって。天狗系Vtuberにでもなるつもり!?」

「いや、何でVtuberなの!?」

「な、なんとなくよっ! とにかく、あっちの女の子の方が可愛いって思ってるんでしょ」

「そ、そんなこと……!」


 この展開を乗り切るには何を言えばいいのか。そうだ。ここは、言うしかないのか。事実だけれど、何か照れ臭いと言うべきか。恥ずかしいと言うか。言いたいけれど、言いたくない。

 

「で、どうなの? 認めるの?」


 テーブル越しに顔を近づかせてくる彼女に対し、僕は口を開こうとした。


「つ、ツン崎さんの方が……か……」

「なぁんて、冗談よ。本当のことじゃないんだから、堂々としなさいよ」

「ええ……?」

「からかわれただけでこんなにあせるなんて、アンタ相当ウブなのね……って、女の子にウブとか言わせんな!」

「いや、自分で言ってたでしょ! それっ!」


 また会話がおかしくなって、僕はツッコミながら笑ってしまった。彼女も同じく笑顔でいる。

 どうやら、彼女は自分の笑顔をもう一度引き出したかったらしい。


「ごめんごめん。ありがとね。ついつい自分の言葉って他の人に伝えちゃうと、暗くならないかなぁって思ってるし。実際、されることも多いけど、アンタの場合、あんまし暗い顔しないからさ」

「そっか。ううん、まぁ、色々考えてるからかな」


 忠告を聞いていないだとか、変な風に解釈しているとか、屁理屈をこねようとしているだとか、カフェラテ子さんのことを妄想しているだとか、は言わない方がいいだろう。


「ワタシ……アンタとはちょっと話しやすいかも。だからこれからも、うん、こんなワタシだけど、よろしく。特に猫とか、呼ぶ時は」

「どんな関係なんだ、僕達は……」

「他とは違う、おかしな関係ってことは間違いないでしょうね」


 アニマルフレンズと呼称するべきか。

 くだらないことばかり考えていると、また僕達の元へと猫がやってきた。まだ子供のような大きさの三毛猫だ。その猫は可愛らしくにゃんと鳴き、おもちゃには目を向けなかった。どうやらおやつの方を優先したいらしく、ツン崎さんの手に飛び掛かる。

 そのまま膝に乗って、動くのが面倒になったのか、眠ってしまった。


「おっ、良かったじゃん。ツン崎さん。猫が来てくれて、それで……こんなに気持ちよく眠ってるって……あれ?」


 彼女にそう言ってみるも、返答がない。猫じゃらしを動かしているのかと思いきや、瞬きすらしていない。


「ツン崎さん! ツン崎さん! おーい! おーい! 大丈夫!? 大丈夫なの!? おーい!」


 彼女の様子を見て、察した。

 猫のあまりの可愛さに、気絶してしまったのだ。それ、すなわち尊死とうとし

 ツン崎さんは暁に死す。

 

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