第37話「長谷川愛助は、コーデに迷う」

 早速、何にすべきか熟考したのだが、答えは出なかった。今の僕にはコーディネイトレベルが全く足りない。下手な服で行くと、ツン崎さんに「ふざけてんの!? ならば裸で歩きなさいっ! その方がまだかっこいいわよ!」と指摘されかねない。もし、彼女が「今回は文句は言わないわよ」とかで黙っていたとしても、恥を掻かせてしまう可能性がある。そんな失礼な行為は控えたい。折角の女子との外出だもの。しっかりしなければ。

 だけれども、相談できる人はいない。

 根木くんならば、女子の心を狙えるような陽キャファッションを提案してくれる。そう考えるも、また連絡先を交換していない事実に気付いた。たぶん、僕は太陽みたいな人生大成功グループとは永遠に繋がることができないのだろう。

 がっくりしつつ、隣の穂村さんを思い出すも、すぐに自分自身で却下した。今はもう遅すぎる。まだまだ距離のある男がいきなり訪ねてきても、不審がるだろう。最悪の場合、110番通報され、今日捕まえた男と共に明日の御飯おまんまを食うこととなるだろう。

 ツン崎さん本人にどのコーデがいいか、聞くのも何か違う気がするし、恥ずかしい。

 打つ手はないかと考えていたところで、ちょうどよくメールが入った。


『どうやら、うまくいったようじゃな! やっぱり、流石じゃ! お主ならやはり、わっちの……いや、何でもない!』


 キネネからの、だ。グッドタイミング。彼女ならば、コーデについて一番聞きやすい相手だ。まだ寝てないみたいだし。

 スマートフォンの上で指を躍らせて、すぐ返信を送る。


『今回のことは手伝ってくれて、本当にありがとう。おかげで助かったよ。大切な人を助けられて……それで僕も……救われた。で、ちょっと別の話になっちゃってごめんね。キネネ。明日、女の子と遠出する予定なんだけど、その際にピッタリのコーデって知ってる? と言うか、女の子ならどういう』


 アドバイスが長々とメッセージに書かれるのかな、と予想していた。もしかしたら、忙しくて明日になってしまうかもと想定していたが……。

 返信は思ったよりもすぐに。そして、想像していたものより短かった。


『動画を見ろ』


 確かにダイレクトメッセージで送り合うよりも配信で視聴した方が分かりやすいし、手っ取り早いだろう。画像をわざわざ添付しなくても済むし。

 そう思ってパソコンを使い、軽い気持ちで配信を視聴しようとしたところだった。一瞬、思考が止まる。動画のサムネ、いわゆる動画がどういうものなのかを説明する画像には『呪』の文字が一個刻まれているのだ。

 タイトルも『緊急配信・大事な人を呪ってやる』とのこと。祝ってやる、じゃなくて?

 ハッピーエンドでなかったのか。今回の事件は悪がやっつけられて、カフェラテ子さんが救われた、で終わったはずなのだが。


「ええ……何が? えっ、ちょっ、怖いんだけど……!」


 恐ろしくても、見る必要はあるだろう。動画をクリック。口をポカンと開けている間に始まった。

 最初に聞こえてきたのは、呪いの儀式に似つかわしいおどろおどろしいBGM……ではなく、キネネの大声だった。用意されたであろう怖いBGMは彼女の声で掻き消されていった。


『お主! お主お主お主! わっちが好きって言ったお主! デートってどういうことじゃああああああ! 何で今朝、ふった相手に対してデートの相談をするんじゃ! ちょっと、おかしいじゃないか!? いや、ちょっとどころじゃなく滅茶苦茶おかしいじゃないか!? サイコパスか!? 感情がないのか!?』

「えっ? えっ? えっ? えっ? どゆこと? えっ? サイコパスって!? えっ?」


 キーボードの上に手を置くも、コメントのための文字を打つことができなかった。何を言われているのかが理解できず、頭の中で言葉が飛び交っていく。画面の中では「それは酷い」とのコメントが非常にたくさん流れており、同時にキネネも叫んでいた。


『何がもっといい人がいるじゃ! もっといい人がいるのは、お主じゃろ! 女心をもてあそんだ罪は重いぞ! もうめっためったのぐりぐりの呪いを掛けてやるのじゃ!』


 誰かが「かーなーしみーのー」とコメントを打ち始めた。何か嫌な予感がする。後ろにリアルキネネが凶器を持って待っていたら、どうしよう。そんな焦りで手が動き始めていた。

 こちらもコメントで反論しなければ。


『いや、まず、デートじゃないし。お礼のためにちょっとってだけで。確かにキネネをふったかもしれないけどさ。キネネと僕は縁が切れた訳じゃないだろ? 大事な友達同士だ。その友達に服のことを聞いたって別にバチは当たらないと思うけど』


 すぐにこのコメントに気付いてくれた彼女は何だか感情が芽生えたロボットのように片言で話し始めた。


『トモ……ダチ?』


 僕は『そうだよ』とのコメントをする。他にいる視聴者の人は『お前、友達と称してハーレムを!』だとか『このたらしがぁ!』とか言っているが、気にしないでおこう。

 とにかく、今は彼女を落ち着かせなければともう一度、言葉を送る。


『変な誤解をさせたことは、その、ごめん。気を付ける。恋愛とかそういうのに全く慣れてないから、変なコメントとか話とかしたら……ごめん。言ってくれれば、すぐ直す』


 またキネネは口を開けていた。息を吸っている様子。何かと思ったら、こんなことを公衆の面前で言い始めた。


『そういうところが好きなんじゃよっ! 全くもう!』


 あまりに衝撃的な声で僕の心はシャットアウト。しばらく放心していた後に気を取り戻す。そこには、キネネや良心的な視聴者が待っていた。時々コメントで『ああ、そこは全身黒タイツでいくと、いいよ。探偵が来ると思うけど』とかふざけたものがあったが、それも一興。

 皆のおかげで何とか無難なファッションや身支度を整えることができ、明日の準備が整った。

 

「……デートか……」


 画面を閉じて、寝る前に悶々としてしまった。キネネに言われるまでは単にお礼のためのお出かけ程度しか思ってはいなかったのだが。彼女のせいでどんどん、今回の外出が意味するものが膨らんでいく。

 僕はツン崎さんとデートがしたかったのか。

 今の答えは「ノー」、とは絶対に言えない。だからこそ、悩みまくる。僕の心は、このコーデで大丈夫なのか、と。このような気構えで、デートに臨んでしまっては失礼なのか。それとも、ツン崎さんはそこまで考えておらず、単なる遊びと取ってくれるか。

 眠りそうになった一秒前。僕はポツリと呟いた。

 

「ああ……もう、なるようになってくれ」


 

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