第36話「ツン崎さんは時々ハイテンション」

 しまった。以前、キネネを調査するために開いていたものがそのままになっていた。

 彼女の冷ややかな目でこちらは凍り付きそうになる。いや、慣れてしまうと心地よくも感じてしまうような。今後はクーラーとして活用させてもらおうか。

 ツン崎さんはそんな僕に呆れていた。


「はぁ……まぁ、趣味に対して別にどうこう言う必要はないけどね」


 否定しておかないと隣人としてやっていけるか不安になる。だから、一応やっておいた。


「いや、そう検索してた訳じゃなくて、単にキネネを調べてたらね」

「本当、そういうロリータが好きってタイプだったんだ」

「あっ、だから、そういうのじゃないんだって……」

「まぁ、いいわ。そんなこと話しに来た訳じゃないし」


 要件でもなかったのに夜遅くに人の家に上がって、パソコンを監視していたのか。何だろう。それ以上の用事って。この家を爆破でもするのかな。

 ってな訳ないと自分に言い聞かせながら、会話を続けていく。


「で、何をしに?」

「ほら、あの後。アンタ、今日の夕飯の後すぐ、出てちゃったでしょ? 何か用事があったのか分からないけど、なんかすごい恰好して」

「ま、まぁ、ね。買い物をね。で、それがどうかしたの?」

「その後すぐに寮母さんが戻ってきてね。明日から、ご飯を作ってくれるって」


 寮母さんが戻ってきた、その事実が僕にどう影響するのか、理解するのに数十秒を要した。

 気付いた瞬間、無意識で声を上げていた。


「ツン崎さんの美味しいご飯が!」

「……何か嬉しいこと言ってくれるわね。でもまぁ、そっ、これでもうおしまいよね。まぁ、ワタシのまず……いや、褒めてくれてるんだから、正直に受け取らないとね」


 何だか別れ話の雰囲気。この感じが嫌いだから、もっと言ってみる。


「また、作ってほしいなって」

「……考えてみるわね。前向きに、そうそう」

「何?」


 そこからまた話が展開されていく。


「まだVtuberの件で困ってることもあるんでしょ。まず、そっちの方でも何とかしていかないといけないんじゃないの?」

「ま、まぁ」

「女性の勘違いっていい場合もあるけど、悪い場合もあるわ。やっぱ、これからもアンタを見張ってないとね。ワタシや絵里ちゃんが危険な目に遭っても後味が悪いし」

「ありがとね……」


 で、終わるかと思いきや、話にはまだ続きがあった。


「で、それ以外にもご飯のお礼をしないといけないわよね。今日の」

「えっ? 今日の?」

「カレーをご馳走になったでしょ? 絵里ちゃんへのお礼も考えるとして、今はアンタへのお礼もしたいのよ」


 何だか、楽しそうなツン崎さん。彼女の表情を見る限り、鼻歌なんかも聞こえてきそう。

 あれ、僕はあれがお返しのつもりでもあったのだけれどな。とも言おうとしたが、何だか無粋なのでやめておく。


「あ、ありがとう……じゃあ」

「何か、あるの?」


 そうだ。あそこがいいとすぐに思い付く。この前僕が見た、彼女の姿がもう一度確かめてみたい。


「猫カフェに行ってみたい」


 すると、何故だか彼女は大袈裟に反応する。顔を真っ赤にして、僕にきっかりしっかり忠告する。


「ね、ね、ね、ねんねこカフェ!? 猫ちゃんのカフェってこと!? いいの? これ、アンタへのお礼に行こうって話よ? どっか焼肉食べ放題の店とかじゃなくていい訳!? 最悪もう、アンタの好きなお姉さん系のDVDでも……いや、あっ、間違えた! これはなしなしなし! 幾ら最悪でも絶対なしなしなし!」


 僕が冷静であるのに対し、彼女は相対的にヒートアップしている。心配なことは一つ。寮に住んでる他の人が迷惑がってないといいなぁ、と。

 まぁ、何とかなるだろうの精神でツン崎さんが燃え尽きるまでを見守っていた。


「はぁ……ご、ごめんなさいね。ちょっと興奮しちゃったわ。でも、本当にお礼がそれでいいの? ワタシの方が得しちゃうような」

「いや、僕もそうそう行く機会がなかったし。僕も好きだから、問題ないよ。こういうのって両者とも楽しめる場所の方がいいわよね」

「あ……うん……まぁ」

「じゃ、そこで……。早速明日行く?」

「明日!?」

「何か予定でもあった?」

「い、いや……」


 何故だか彼女は過敏になっている。まぁ、カフェラテ子さん復活の夜として、テンション高めで行こうと考えているのだろう。

 この反応はきっと楽しむためのものに違いない。

 明日については、その方がいいと思ったから。バイトもないし。今度行こう今度行こうとなっていると、結局行かないままで終わることも多い。ならば、最初に行ってしまった方がいいと考えたのだ。

 それに猫カフェという場所はいつどうなるか分からない。突然閉店するかもしれないし。その時後悔するより、すぐに直行した方がいいだろう。その趣旨を彼女に伝えていく。


「だから、まぁ、行ってみようよ。明日」

「まぁ、いいわね。最近二つ駅の近くのビルにできたって聞いたし。うん、そこにしましょ。またたび、服に付けてっていいのかしら……」

「またたびは酔いつぶれちゃう子もいるかもだから、要相談じゃないかなぁ」

「ああ、もう、楽しみ……じゃあね!」


 さて、彼女をもっと興奮させてみたいな、と思いたくなってきた。カフェラテ子さんについて、何かファンアートを書いてみるのもいいかな。

 いや、SNSでもっとカフェラテ子さんのことをべた褒めしてみるのもいいかもしれない。

 ただ、やりすぎるとそういうコメントを見て、また新しい怨敵がやってくるかもしれない。また彼女達の心を脅かすかもしれない。

 そんな時はどうしようか。

 今回はたまたま近くに、犯人がいたからどうにかなった。今度の敵は更に厄介かも、だ。その時はきっと……うん、僕の味方が黙ってはいないだろうな。

 そうだ。

 この事件のことを詳しくまとめて、二度と悲劇が起こらないように文字に書き記してみるのもいいかもしれない。隣の穂村さんもやっていたことだ。今度、師事させてもらおうかな。

 題名はどうしよう。


『毒舌Vtuber女子大生ツン崎さんと100人の美少女Vtuberの婚約発表から逃げる方法』


 これなら僕がまるで全てを救ってモテモテになったみたい。

 なんて……ね。僕は冗談で記したつもりなのだが、この騒動が更にとんでもない方向へと進んでいくのはまた別のお話だ。

 今は明日のお出かけの準備に集中しよう。ツン崎さんに褒められるようなスタイルを研究しなくては。

 

 




 

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