第35話「カフェラテ子さんは○○をやめる」
彼女の優しい声に心が洗われていくよう。心にその声が響くごとに、やはり僕の天使はカフェラテ子さんであったと実感する。
危機はあったものの戻ってきてくれたことに、感動せざるを得ない。今、僕の
「おかえり」
画面越しに聞こえない言葉を呟いた後、再度コメントにした。僕の他にもたくさんの人が「おかえりなさい」との反応をしていた。
彼女は皆に向かって笑顔で応じていく。
『ただいま、です。いつもの皆さんが集まってきてくれましたでしょうか。それでは、その試練のことについて、話したいと思います』
それから、僕を含めたリスナーは黙って聞いていたと思う。少なくとも僕は画面の中に映し出されていたコメントが見えていなかった。
『事情をああ、あのことか、と思う人はいるでしょう。分からない方もまぁ、察してください。ちょっと、あれって思うコメントをする方がいたのです。たぶん、他のVtuberの人達からしたら、そんなこと、気にしない方がいいって言われる程、細かく小さなことだったと思います。でも、それが心に残っていました』
彼女の尊厳を否定した言葉のことだ。
『何度も考えました。本当の自分は、リアルの世界にいる自分は卑怯な人間でないか。ここで罪滅ぼしをしているだけの最低な人間ではないか、と。こうやってやっていること自体が、Vtuberを舐めているのではないか。本当に幸せにしたいと思っているVtuberの邪魔をしているだけではないか、と……でも、違うって教えてもらいました』
彼女が唾を飲む音が聞こえてきた。
『違ったんです。自分にはちゃんと励ましてくれる人がいたんです。リアルの世界でも、わたしがわたしでいいって言ってくれた人がいたんです! だから、立ち直れました。挫折しようとしてましたが、そのおかげで挫折をやめました!』
本当に良かったと思う。自分は人生の中でかなりドギマギした挑戦をした。そして、たぶん、人生の中で一番やって良かったという選択ができたと思う。
そう、ここまでは。
まだ暗い雰囲気が包む、僕の心。
『その人にそのことを言おうかどうか迷っている間にコメントが消えちゃいました。あれって思っているうちに有名な人からご連絡をいただいたんです。まぁ、ここではプライバシーの問題で名前を控えさせていただきますね、すみません。その人もわたしのことを応援してくれました。そして、戦ってくれている人がいる、という情報も教えてくれました。その人は本気で戦ってくれたと聞きました。できる限りの力で。全力で。それがまず、その戦い方がどんな手であったとしても嬉しかったです』
彼女のおかげで照らされていく。言葉で心にあった
『勿論、心配させるような行動はダメかなぁと思いますよ。捨て身とか、危険すぎます。ただ、そういう人もわたしの配信を聞いてくれているってことが分かると、嬉しくなります。ああ、わたしの配信は本当にいろんな人が聞きに来てくれてるって。わたしの考えを認めてくれてるって、分かって幸せになれます』
自分の助けたかった人が認めてくれている。その事実が嬉しい。尊い。胸が動悸で爆発しそう。
『今、見てくれてますかね。本当にありがとうございました。それが一つでもなきゃ、わたしは動けなかったと思います。勿論、ここにいる皆様、リスナーが一人欠けてもダメですよー! 本当にありがとうございます。おかげで、引退の危機を乗り越えることができました!』
そして、また日常に戻っていく。僕の推しであるカフェラテ子さんはまた笑って、癒しのトークを続けてくれる。様々な相談にも乗ってくれた。
『お疲れ様です! 今日一日頑張りましたね』
その言葉が聞けて、幸せでした。
『明日も大丈夫ですよ! 貴方達ならきっとこれからも』
貴方の中に裏があっても、僕はその全てを受け入れます。
『嫌なことがあっても、わたしがいます! 一緒に考えますよ! 一緒に乗り越えましょう!』
寂しい夜も、辛く泣きたい日もいつも貴方がいてくれましたね。
『わたし、とっても楽しいです」
これからも宜しくお願いします。
そんな言葉を贈ろうとして、照れてしまった。そうだ。今までの言葉は僕からツン崎さんに直行するものなんだ。
隣の……ツン崎さんに。
「ああ……」
何だか非常に恥ずかしい。
そういや、まだ悩みが消えていなかった。カフェラテ子さんが誹謗中傷の被害に遭った件やツン崎さんが大事な個性を失った件を解決することに集中していて、すっかり忘れていた。
これから、どうやってツン崎さんと関われば良いのだろうか。
お隣か。
それとも、Vtuberとしてか。
「どうしよう……」
独り言ちていると突然、ドアが叩かれた。そこにツン崎さんの声。
「夜遅くごめんねー、連絡!」
「あ……!?」
僕は頭の中が真っ白になって、判断力が全て消失する。勢いよくパソコンを閉じてから、玄関で彼女を出迎えた。
彼女はこの部屋に入った途端、怪しい視線で一言。
「ドアの覗き穴から見えてたわよ。何、勢いよくパソコン閉めてんのよ。あれじゃあ、壊れるわよ……何かスケベな動画でも見てたでしょ?」
「いやいや、僕は……長谷部愛助は誓ってそんなことは……!」
「調べれば、履歴で分かるわよ」
「どうぞ、調べてください。ああ、残ってるウィンドウは全部消しちゃって大丈夫だけど……あっ」
と言って、彼女をパソコンに案内してから思い返す。あっ、そうだ。まだカフェラテ子さんの動画サイトのままだった。パソコンを閉じたままだと前に見ていたものが見えてしまう。
ただ、彼女は何事もなかったかのように僕の見ていたウィンドウを閉じてパソコンを見続けている。
そういや、ツン崎さんの方は僕がリスナーだと知っているんだよな。ただ、僕がその正体に気付いているとは夢にも思っていないんだよな。
まぁ、ともかく彼女が今は普通に接したいと思っているから何も言わないのだろう。僕も彼女の心に応えよう。平常心で彼女と交流していよう。
今はそれだけでも楽しいし。
そこでツン崎さんの冷たいお言葉がやってきた。
「ねぇ。この履歴にあるキネネ、エッチなイラストって何?」
「あっ」
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