第33話「長谷部愛助は決戦の地に降り立つ」

 暗く狭い道。街灯だけが幾つか光を落とし、どう不審者や化け物が出ようとおかしくない場所だった。まぁ、その不審者役が僕なんだけれどね。

 できる限り、怪しい恰好をしておいた。黒いジャンパーに黒いジーパン。今日の夕飯、カレー蕎麦をいただいた後、食堂でたわいもない話をしていたツン崎さんと穂村さんに目撃されていた。たぶん、絶対怪しい人だと思われただろうな。だから、一応「いやぁ、全部着る服を洗っちゃっててね」と言っておいたが、どこまで誤魔化せただろうか。いや、もしかしたら、僕ならやりかねないと思われたかもしれない。そして、僕の評判が一気に下がったかもしれない。不幸の「かもしれない」が続いたところで、腹を決める。今までそこまで好かれてもない自分だ。ここで好感度が下がっても問題ないだろう。……あれ、分かっているはずなのに悲しさが残るのは何故だ。

 って、そんな変なことを想っている場合ではない。

 足音が近づいてくる。たぶん、キネネ達が教えてくれた時間通りなら、来るのは奴だ。スマートフォンの時計を見ながら、確認した。間違いない。

 電柱の影で奴の姿を直視する。

 赤色混じりのボサボサな髪。見覚えがある。あの日、カツアゲをしていた男の子だ。いや、それにもう一つ。以前、万引きをしようとしたか何かで注意されていなかっただろうか。そちらの方でもコンビニの店長から写真を見せられ、警戒するようにと言われていた。

 唾を飲みこんでから、通り去ろうとする彼に声を掛けた。


「ちょっと待て」

「あん、何だ?」


 前と同じ重い声。僕に対して警戒心を抱いているようだ。そんな彼に警告をする。


「一つだけお願いだ。カフェラテ子さんのところからコメントを消せ。今すぐ、ここで消せ」

「はぁ? いきなり何だよ、気色悪い奴だな」

「何とでも言え。ここで逃げたとしても構わない。家も分かってんだ。消す気がないってのなら、そっちまで行くぞ?」


 僕は強気に出た。たぶん、やっていることとしては正しいと言われるものとは程遠いのだろうなと自覚している。ただ、こうでもしないと解決できないのだ。

 奴は抵抗をした。


「俺が誰に何書こうが勝手だろ? 表現の自由って奴があんだからよ」


 だから、僕は更に強い声色で言葉を飛ばす。


「授業も受けてないのか。あくまで公共の福祉に反さない場合だ。人を傷付けるようなメッセージを送るのは表現の自由とは言わない!」

「うるせぇよ! だとしても勝手だろ!? アイツらは出したくて、動画を出してんだろ? それをこっちがどうこう言おうが、勝手じゃねえか? アイツらが動画を配信してんだからこっちだって、何でも言う権利はあるだろっ!?」


 そうか。そんなことを言うか。

 配信している人の気持ちを全く知らないで。どれだけその人が悩んでいるかも知らないで。


「ねぇよ」

「あっ?」

「ねぇよっ! カフェラテ子さんが、彼女がどれだけ他の人の役に立ちたいって思ったか! 誰かを助けたいって思ったか! いつもの自分を押し殺して、自分とは別の姿で助けたいと思ったか!」


 彼女は表では人に見せられない姿をVtuberになることで表現しようとした。自分の本来の姿ではできないこと、やれないことに挑戦していた。

 幾らネットの世界が自由だからと言って、批判ができるからと言って、やっていいことと悪いことの境界線がない訳ではない。

 傷付けてはいけないのだ。奴が黙っている間に失いそうになったカフェラテ子さんの魅力を伝えていく。


「お前は裏で何をやってるかなんて疑ってたみたいだがな。そんなことは全くないんだ。彼女は優しいふりじゃない。素直じゃないだけで本当に優しい人なんだっ! それを考えない、何も知らないお前に批判できる資格はないんだっ!」

「ぐぐっ」

「分かったら、早く消せ」


 そう言い終えたところで奴が素直に従うか。まだ安息はないと思いつつ、近寄っていく。

 予想通り、奴は自分の非を認めない。


「おいおい、世の中には全て完璧な人はいないんだぜ。誰だって裏の姿があるんだ」


 奴はこちらに手を出しながら、そう言ってきたからすぐさま怒鳴っていく。


「あったとしてなんだ。それを付けて生きていっても別にいいだろっ! どんな人だって機嫌が良い日もありゃ、悪い日だってある! その悪い日のことだけを延々と責められ続けたら、嫌だろ?」

「ううっ」


 反論できないのは、嫌だと分かっているからのはずだ。


「だから、そこだけを責めても不毛な話だし、そもそも、意味がないんだ。それをやるのだって、無駄だし、お前だっていつしか自分のやってることが空しいことだって分かる日が来る。その前に、やめるんだ」

「はぁ? やめるって何を、だ?」

「だから、誹謗中傷を」

「はぁ?」

「はぁって……」


 と言ったところで奴は悪魔の笑みをこちらに見せた。まるで僕が今まで吐いた言葉は無駄だったとでも言うかのように。

 その威圧感にこちらからできることは顔から大量の汗を流していくだけ。


「他者を蹂躙じゅうりんするのが気持ちいいんだよ。一つの言葉で勝手に悩んで、動いてくれる。自分の思い通りにみんな動いてくれるってことだ。一つ言うだけで生殺与奪を握れるってこともあるかもだから、やめられねえよ。想像力を使え? 配信者のことを考えろ? そんなこと思ってる暇があるかよ」

「……お前、いい加減にしろよ? 人の心がないのか?」

「いい加減? 足りない位だぜ? 人の心があるから、そうなるんだ。人の心と言うのは醜くて、汚いものだからなぁ。当たり前のことなんだよ」


 ここで黙ってはいけない。

 開き直った相手を言葉で圧倒させるしかない。こちらにはたくさんの人の思いがある。つまり、Vtuber達の苦しみや人を楽しませたい気持ちを背負っているということだ。

 

「皆を一緒にするな。カフェラテ子さんもそうだ。ずっと誰かに悪いことをしたと思い、ずっと悩んだ。自分の個性を殺そうとしていた。反省していた。みんな、そうだ。自分のしてきたことに悩むんだ。自分のやってきたことを反省しない、人のことをどうでもいいと思ってるアンタとは絶対に違う!」

「うるせぇ!」


 そこで来た。

 奴の拳がこちらに近づいてくる。ただ、これさえやってくれれば、色々できる。もみ合っているうちにスマートフォンを奪って、コメントを消すことができる。相手を武力で懲らしめても正当防衛で何とかなるかもしれない。

 本当の気持ちは最悪だ。

 話し合いで解決したかった。カフェラテ子さんの優しい世界を暴力なんかで取り戻したくなかった。

 しかし、もう遅い。

 ごめんね、みんな。傷付かないとは言ったけれど、ダメみたい。ちょっとだけ、殴られてくるね。

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