第32話「長谷部愛助は誹謗中傷について考える」
部屋に戻ってから、貰ったメール全てを今一度目を通していく。その中には喧嘩の準備を予期しているものもあった。間違って動画のURLをタッチしてしまう。
奥ではボクサーっぽい青い髪の女性が顔に絆創膏を付けて、こちらに格闘技を教えようとしている。
『困った時のために右ストレートと回避を覚えておこう。バンバン当てて、しっかり避けることができれば、間違いなく奴をノックアウト! さぁ、一緒に練習しようぜっ!』
喧嘩する気は毛頭ない。そもそも、その格闘技を習ったとして何日掛かるんだろうか。苦笑いしながら、今回は動画を閉じさせてもらった。今度、娯楽として楽しもう。
なんて思っていたら、途中で途轍もなく怪しいメールも発見してしまった。
『闇サイトから武器を調達できますよ。ダークウェブの深層位なら、ちょちょいのちょいで侵入できます』
嫌だよ。
ダークウェブで武器を買ったとして、それをぶっ放したら間違いなく逮捕されるだろう。いやいや、そもそもそんなものを所有した時点で危険物集合の罪で間違いなく警察のお世話になってしまう。
Vtuberの力が常々恐ろしいと思った。絶対、敵には回せないなと深く心に刻み込む。
それから本当に知りたい情報もチェックさせてもらった。
ツン崎さん、カフェラテ子さんを傷付けた相手の居場所がゲットできた。それどころか、奴の今日明日の予定まで組み込まれている。昼間は家にいるけれど、夜になればランニングと称して町内を走り回り、カツアゲのターゲットを探しているとのこと。
家は案外近くだ。たぶん、辺りのコンビニにも来ているのだろうか。そう考えたところでふと気が付いた。
「もしかして……まぁ、いっか」
ある予想が立ったところでまたキネネからメールで連絡が来た。
『行くのは、今日なのか?』
心配されているよう。大丈夫と俺は繰り返す。
『安心してくれ。絶対怪我しないで帰ってくるから。無理だと思ったら、一旦体勢を立て直すし』
すぐに返信が送られてくる。
『頑張ってくださいね。一同、応援しています。絶対に懲らしめてやってくださいね』
『ああ』
誹謗中傷した人物を懲らしめる、か。
以前、ニュースで誹謗中傷に対する話をやっていた。色々悪口を言われたVtuberやタレントがその相手を名誉棄損で訴えて何とかできるという話だ。だから、誹謗中傷は怖くない。
そう思えるのは、ごく一部の人間だ。
ほとんどの人は誹謗中傷を受けたことに対して、本当に自分が訴えられるのかという疑念が浮かぶ。自分が言われているのは世間では正しいことなのではないか。訴えたとしても、誰にも取り合ってもらえないのではないか。
幾ら賠償金が取れるかもという希望はあっても、皆は不安であろう。まず、弁護士に相談して裁判の準備に行くために掛かるお金もあるはずだ。そのお金がまず準備できないのに。もし、誰かから資金を借りて裁判へ行ったとしても、本当に相手を訴えられるだろうか。証拠が集めきれてなければ、どうしようもない。見るのも嫌で被害者自身が証拠であるメッセージを消してしまってる可能性もある。被害者自身がその言葉でどれだけ傷付いたか、言葉で証明できなければ訴えはほとんど成功しないように思える。
で、もしも、何とかあちらの悪意が証明されたとして。
相手がお金を持っていなければ、裁判をしても賠償金を獲得できないと聞いたことがある。だから、弁護士を呼んで裁判をした者がただただ裁判のためにお金を払い、相手が悪いことを証明するためだけに大金をドブに捨てることとなる。
つまり、損することとなるに違いない。
ここまでが無知な僕の想像だ。もしかしたら、もっと救済処置があるのかもしれない。しかし、何も知らないのは僕だけではないだろう。穂村さんのようにただただ小説を書いて、投稿したいと思った人は? カフェラテ子さんのように皆に笑顔を届けるためにVtuber配信をしようとした人は?
彼女達は最初から小難しい法律の話を勉強する訳ではないだろう。していたら、折角舞い降りてきたアイデアが逃げてしまう。そのアイデアを先に誰かが使ってしまうかもしれない。カフェラテ子さんの方だって、自分が笑顔にしたいと思っている人が更にどん底に落ちて手遅れになるかもしれない。彼女達は面白い作品を描くこと、誰かを笑顔にしたいことに集中したいのだ。
誰かが誹謗中傷に関する法律を詳しく教えてくれることもない。ただただ訴えられますよ、という可能性を見せるだけ。素人にする誹謗中傷に対し、お金を渡す訳でもない。ただただ希望に見せかけたものをひけらかすだけなのだ。
それ以外にも被害者自身の信念が、邪魔をする。
裁判をしたくても、自分の身元がバレるか分からなくて怖いと思う。他の人にバレたくない。自分の姿を見せてしまうとイメージが崩れるから。ネット上ではいつもと違う自分でいたいから。ツン崎さんとカフェラテ子さんが良い例だ。その上、彼女は誰かを笑顔にしたいという話の元、戦っている。もしかしたら、彼女は思うかもしれない。こうやって悪口を書き込むのも苦しんでいるから、だ。自分がどうにかできるかもしれない、と。そんな相手からお金を巻き上げるなんてこと、彼女は絶対できない。
例え、訴えたとしても問題だ。彼女のイメージに傷が付く恐れがある。誰にでも優しいを
ああ、裁判なんてする位の女の元で安らぐことはできないな、と思うかもしれない。折角、カフェラテ子さんが助けられるはずの相手が彼女に恐れて逃げて行ってしまうかもしれない。
だから、彼女は、カフェラテ子さんは幾ら誹謗中傷されたとしても今は耐えることしかできない。
そんなの、おかしいじゃないかっ!
理不尽すぎるっ!
誹謗中傷する相手はきっと、こんなこと何も考えていない。どれだけ傷付くかも分かっていない。
だから、やるしかないのだ。僕が、この口で戦って説得するしかない。何が何でも、誹謗中傷をやめさせる。僕の、この小さな尊厳に懸けて!
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