第31話「ツン崎さんは呼び覚まされる」

 事情を全く知らないであろう穂村さんはこの状況に戸惑いつつもしっかり頷いてくれた。真面目な雰囲気だけは伝わったのであろう。

 ツン崎さんは異様にこちらを警戒する。まるで野生の子猫のよう。それでいて、とても落ち込んでいるのが良く分かる。


「な、何よ。いきなり……何で、アンタが……ワタシのことを」

「津崎さんが困ってるのに放っておけないだろ。だって頑張り屋で何度も何度も強い言葉で励ましてくれた。何度も美味しい料理を食べさせてもらったし。そのお返しとして、穂村さんと相談してたんだ。自分だけじゃうまく料理はできないからね。ってそれを分かってるのは、ツン崎さんでしょ」

「あ……だから、最近……」


 何か納得したような表情から、先程より緩くなっていくツン崎さん。今が彼女を救う最大の好機だ。

 言葉を繋げていこう。


「津崎さんの言葉は傍から見たら、確かに厳しい言葉ばっかりかもしれない。だけどさ、違うんだ。津崎さんと他の人が放つ言葉では、間違いなく違う強さがある。そして、誰かを助けたいっていう感情があることを僕は知ってる」

「そ、そんなこと」

「その優しさに、強さと優しさに救われたんだから。否定しないでよ。謝ったり、後悔したりして、その優しさを否定しないで。自分達はその優しさが好きだったんだから」


 僕が説得している間に穂村さんがカレーの盛り付けをしていた。ご飯もレンジで用意できたらしく、せっせと運んでくる。そして、穂村さんも告げていた。


「そうだよ。何があったかは分からないけど、れこちゃんの強みはそれなんだからね。捨てたらダメなんだよ」


 ツン崎さんはやっと落ち着いたようで。すぐさま食器をテーブルに並べていく。僕も手伝おうとしていたら、「あら、遅いわね」と笑顔で言われてしまった。

 そうそう。強気な彼女が好きなんだ。

 早速カレーライスを口にしようとする僕達一同。「いただきます!」の声を響かせてから、味を確かめてみる。

 穂村さんが監督を務めたから問題はないと思うが。ツン崎さんの好みに合わなかったらどうしようなどという不安が頭を過った。

 僕が口に運ぶ前に、ツン崎さんがぽろぽろ顔から雫を垂らしていく。


「だ、大丈夫!?」


 と言いながら穂村さんの方をチラ見する。彼女がまた変なスパイスを入れたのではなかろうな、と。穂村さんは一言。


「いつも美味しいって言って、みんな泣いてくれるんだけど。今回も……!」


 いや、そうではない。穂村さんの調理が辛くて皆泣いているのだ、と言いたいのをぐっと堪える。言葉を強く飲み込んでから、料理の方を確認する。

 本当に辛いのだろうか、と。

 しかし、カレーライスに目を向けても身には染みてこない。以前提供された激辛の産物は目にするだけでも、煙がこちらの肌をピリつかせたのに今回は違う。

 彼女が泣いていたのは、辛さが原因ではなかったのだ。ハッとした瞬間、彼女が涙の理由を口にする。


「ありがとうね……色々、大変だっただろうけど。うん……悩んでたことが一杯あったんだけど……楽になったわ。そう言ってくれて……気持ちも落ち着いたし。自分の言葉で誰かを少しでも助けられていて、本当に良かった」


 彼女の話を聞いてから、首を縦に振っていた。途中で彼女は僕達の手が止まっていることに気が付いたらしく、「あっ、食べないと!」と言ってくれた。

 では、遠慮せずにいただきます。

 うん。自分で作っただけにあまり自己評価が高いのはダメかな、と思っていたけれど。結構、この甘味と辛さの中間が癖になって、どんどん食べたくなる。野菜も甘くなっていて、口に入れたところで更に食べたくなる味だ。

 肉も歯応え抜群。

 米は力強くてカレーライスにピッタリの味。そこでまた強い刺激がこちらの脳に走る。

 そうだ。また、僕は彼女に助けられたのだ。この美味しい米がなければ、繋げられなかった。僕は米について、「ありがとう」と告げる。

 穂村さんにも「ありがとう」と伝えていく。

 二人とも天使のような笑顔で応えてくれた。

 取り返すことができた。手遅れになる前に。僕の方もまた何だか泣けてきそうな心持ちだった。


「良かったぁ」


 誰にも聞こえないよう、独りちた後にカレーライスを食しながら今までのことを振り返る。

 今まで、僕は誰かに救ってもらう立場だった。特にVtuberの人達に優しい言葉を掛けてもらった。何度も何度も。

 たくさん貰ってきた。だから、そろそろお返しをしないと。

 誰かに、たくさんの人にまだまだ支えられている。これからやることに対しても、裏に何百人もの人がいて、僕の後押しをしてくれるのだろう。今も大勢の人が僕を応援してくれている。

 そのことを噛みしめた瞬間、キッチンの方に置いてあったスマートフォンが鳴り響く。止まることのない警報にツン崎さんもスプーンを落として驚いていた。


「えっ!? 何々!? 地震とか、そういうの!? ちょっとスマホを見るわね……あれ、何もない」


 素早くカレーライスを食べ終えて、僕はスマートフォンを取った。穂村さんもこちらについて指摘する。


「長谷部くんの携帯だけですね。何かあったんですか? バイトからの呼び出しとか?」


 ツン崎さんは毎度のように告げる。


「さっさと確認しないとね。ヘマやらかしたのなら、謝りに行かないといけないから。まっ、でも心細いって言うなら、ワタシもついていくわよ」

「ありがとう、でも違うよ。単なるダイレクトメール」


 そう答えると、彼女は不安そうな顔をした。


「ちょちょ、それって、個人情報とか流出してないわよね!?」

「大丈夫だよ。家族から悪戯のダイレクトメールだから」

「な、何だ」


 人類みな家族と言えば、嘘を付いたことにはならないかな。いや、そもそも悪戯と言うことが虚言か。

 スマートフォンの画面に笑顔を映す僕。

 大勢のVtuberから連絡が来ていた。

 知っているキネネのものから読ませてもらう。


『見つけたよ。本当に偶然かどうかは知らないけど、貴方も目にしたことのある人物だよ。この情報は貴方だけだからね。誰にも見せないように。そして、絶対に怪我をしないように、気を付けてね。絶対だよ。絶対に無事に帰って来てね!』

「了解と……ええと、後何件通知来てるんだよ……」


 僕は情報を得るために全員分、三十通分を全て読ませてもらったのであった。

  

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る