第30話「穂村さんは共同作業にのめり込む」

「ほんと、呆れちゃいますね」

「だよね」


 ほっと胸を撫でおろす。どうやら、穂村さんはここまではやりすぎだと思っているようで。少々辛いものが好きなのを除けば、普通の女の子……。


「ハバネロじゃ、一家団欒なんて難しいです。ペッパーXやドラゴンズブレスチリを入れないと」


 ペッパーXにドラゴンズブレスチリ。聞き覚えのない名前を聞いたが、嫌な予感がする。一旦手を洗う前にスマートフォンで確認して、目ん玉が飛び出そうになった。

 

「せ、世界で一番と二番目に……ハバネロの辛さの九倍以上って……!」


 穂村さんに辛いという概念はないのだろうか。ハバネロだって最悪だ。それ以上に辛いものを入れたら、一家団欒どころか一家心中になりかねない。そのカレーを親のどちらかが作ったのであれば、離婚騒動も免れないであろう。

 彼女はもしかして子供時代、そういった世界一辛い唐辛子を食って生きてきたのではないか。くだらない考察をしながら、手を洗って具材をまな板に置いていく。

 そこから穂村さんがクッキングレッスンをスタートする。


「さてさて、ご飯の準備をしたら、ニンジンや玉ねぎを切っていきましょう!」


 彼女と僕それぞれの料理スペースがあり、先に穂村さんがニンジンを切っていた。こちらは米を研いでおく。この辺りはあまり苦にはならなかった。冬になると研ぐ際の冷水が嫌になるけれども、今は暑い位。懸命に米を回させてもらった。

 後は炊飯器にセットすれば、問題なし。

 

「さて、次は」

「玉ねぎをお願いしますね。あくまで切る際は猫の手でお願いします!」

「ああ……」


 ここで怖かったのが玉ねぎが目に染みること。当然ながら切った時に出る汁が目に飛んで、痛くなる。苦しむ中、近くの壁に顔を擦り付けて痛みを紛らわしていく。


「だ、大丈夫ですか?」

「だ、だ、大丈夫。昔、レモンが目に入ったことがあるけど、それと比べれば!」

「何か悲惨な過去があったみたいですが、大丈夫ですか!?」

「問題なぁああああああ、いたぁあああい!」


 すぐ心を落ち着けて、玉ねぎに再挑戦。彼女はここまで僕が動じるとは思っていなかったらしく驚きながらも玉ねぎの対処法を教えてくれた。


「水につけるといいですよ」


 と言うことで水道のおけの中に顔を突っ込ませてもらった。しかし、彼女が指示したのは玉ねぎの方のようで。


「そっちじゃないですよー! 溺れないでくださいよー!」

「ああ、玉ねぎをね」

「心、ここにあらずですね」


 確かに、今の僕は焦っているかもしれない。ただ、料理は楽しくやるものだ。気を引き締め、そして思考を緩めにして調理を再開した。

 じゃがいもなどの野菜も何とか下準備を終わらせ、肉をいため始める。こちらがフライパンを持って、後ろから穂村さんの指示を受けていた。


「肉を入れたら、野菜も投入してください。ついでに愛情も!」

「あいあいじょうちしました!」

「寒いダジャレもいれましたかっ! 冷まさないでくださいね! そのままたまねぎが飴色になったら、水を入れてください。沸騰するまで待ちましょう」


 彼女の指導があったおかげで何とか沸騰させてカレールーを入れるところまで持ってこれた。後は弱火でとろとろ煮込むだけのよう。

 僕は早速、彼女にお礼を言った。


「ありがとうね。そして、みんな、ありがとう」

「はい……って他の人にも言ったんですか?」

「いや、まぁ、手伝ってくれてる人がスマホの中にもいるし」

「確かに。今の指導、Vtuberさんの教え方を参考にしてもいますので。彼女達がいなかったら……ですね」


 一回手を洗ってから、配信や動画を出してくれた人達に感謝のコメントを述べていく。素早く配信者から「こちらこそ! 愛しているよ!」との返信をいただいた。

 重い愛を受け取りつつ、平静を装って穂村さんの方に向く。


「ふぅ……」

「ここまで純情に従ってくれるなんて……ああ、母性本能が……お母さんになっちゃいますよ」

「穂村さん、今何か?」

「な、な、何でも! では、ご飯の方に!」


 彼女が炊飯器を確認する。そこでピクリと動かなくなった。僕が事情を察して、動けなくなった。確かめてみる。


「ほ、穂村さん……まさか、炊飯を押せてなかった?」

「い、いえ、炊飯は動いていたはずです……なんですが、ご飯が……ご飯が、炊けてません!」

「えっ、壊れてるの!?」

「どうしましょう! カレーライスにライスがなければ……これはもうお母さん失格です! お母さんは押し入れに閉じこもって反省します! 確かめとけば、良かったぁあああああ!」

「おおい! 穂村さん行かないでっ! 何とか、何とかしよう!」


 ツン崎さんが来る前に変わりのものがないと。励ますためのカレーライスで、ルーだけ食べさせるのは非常に味気が無い。

 穂村さんが頭を抱え、立ち止まっている。そんな中、足音がした。そして、下を向きながらもこちらに冷凍のご飯を差し出してきたツン崎さんがいた。


「こ、これ……」


 僕はすぐさま駆け寄った。そして、そのご飯を見ながら疑問を口にする。


「何で……」

「お、大きい声で言ってるのが聞こえたし。それに……」

「それに?」

「炊飯器が壊れてるの知ってたから、困るかなって……ずっと作って食べきれない大量のご飯があったから」


 やはりたどたどしい喋り方に違和感がある。

 ここにいる人は、自分自身が認められるまっとうな生き方をすればいい。穂村さんやVtuberの人達といて、そう思った。自分がなりたい自分に。自分がそう痛いと思える自分に。

 我慢ができなかった。

 「ありがとうー!」と言って、ツン崎さんから大量の白飯を貰った穂村さん。それを満面の笑みでレンジに放り込んでいる。最中、僕は告げた。


「津崎さん。ありがとう。座って」

「えっ? 何?」


 彼女の困惑する顔を観察しながら、言葉を紡ぐ。


「お願いだ。そんな、顔をしないで。こんな僕だからうまく言えないかもしれない。変な言い方になってしまう。だけど、最後まで聞いてほしいんだ」

「……何を?」

「君のもっとハキハキというかっこいいとこを見てたいな、って思ってるんだ。自分の言葉が人を傷付けているなんて、思わないでほしい」

「えっ?」

「確かに使い方を間違えれば、人を傷付ける。けど、君の言葉は違う。人の不安を斬り裂いてくれる、何よりも強い刃なんだ。僕も、穂村さんも、断言する」

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