第29話「Vtuber達は勇気の道を示す」
行動してから、ドキドキが止まらない。用があって女子の部屋に自ら訪ねることなど今までの人生でそうそうない。不審に思われないか。迷惑野郎と思われないか、などなど様々な不安事を胸に穂村さんを待つ。
幸運なことに穂村さんは、すぐに出てきてくれた。彼女は首を傾げながら、事情を尋ねてくる。
「ど、どうしたんですか? 指名手配になって、逃げる部屋を探してるって言うのなら協力しますよ!」
「えっ、協力してくれるのっ!?」
「本当に何かやらかしたんですかっ!?」
「い、いや、そういうことじゃなくて……!」
「なら、何の御用ですか?」
彼女が最初にボケてくれたおかげで精神的には少し楽になった気がする。ただ、まだ言いにくい。
言葉途切れ途切れに相談をする。
「い、いや……ちょっとカレーライスの作り方について、教えてほしいかなって思って」
ふと僕がツン崎さんを元気付けられる最高の食材がカレーライスが最適ではないか、と感じたのだ。
万人に好まれる味であり、その辛さに思わず嫌なことも忘れてしまう。そんな力を持った料理だ。穂村さんは綺麗に作るのがとても上手だし。この環境で作るのに一番好都合だと判断した。
ただ、忙しいとか、貴方に教えられるメシなどないとか、彼女に断られるかも。その場合はどうすればいいかを全力で考えていたのだが。
彼女は笑顔で頷いた。
「いいですよ。カレーの食材は揃ってますし。人に料理を教えるって言うのも、保育学科の学生の勉強として重要ですね。将来、幼稚園児や保育園児と一緒にカレーを作るかもしれませんし」
顎が外れそうな位、大きく口を開けてしまった。あまりにも簡単なOK。たぶん、常人が愛の告白が成功した時以上に驚いただろうな。
「い、いいの?」
「ええ。気になることはありますが」
「えっ?」
「何のためにカレーライスを作りたい、なんて?」
そこの鋭さについてもかなりドキリと来る。心の中が色々見抜かれているのでは。そうは言ってもツン崎さんが隠しているVtuberのことを話す訳にもいかない。穂村さんに感づかれないようにも少し嘘を織り交ぜる。穂村さんには非常に申し訳ないと思っている。
「いや、ツン崎さんにいつも料理を作ってもらってるから。そのお返しをお昼にしたいな、と思って」
「ツン崎……ああ、れこちゃんのことですね。なるほどなるほど」
「ああ、勿論穂村さんにも美味しい料理を作ってもらってるし、お返しがしたいよ。そのためにもカレーライスを学んでおきたいなって」
「了解です。あっ、そのことはれこちゃんに言ったんですか?」
「いやぁ、それが……」
「分かりました。お昼に食堂に来るよう、伝えておきますよ!」
穂村さんが急いでツン崎さんの部屋へと走っていく。狙い通りだ。僕が昼食に誘っても断られる恐れがある。だったら、仲が良い穂村さんが呼びかけに行けば、成功する可能性は高い。
目論見通り、穂村さんはOKサインを手で作って戻ってきた。
「OKでした!」
「ありがとう!」
「でも、どうしたんでしょう。いつもより調子が悪いって感じでした……」
「まぁ、カレーを食べれば元気になると思うよ」
そのための作戦だ。
しかし、穂村さんが暴走しないようにも気を付けなければ。何たって、彼女は辛口マイスター。甘口のカレーをたちまち激辛にしてしまう。
「じゃあ、とっておきのスパイスをたくさん入れて」
僕は急いで制止する。
「待った待った待った。そういうスパイスって言うのは、選んでもらうからこそ価値があると思うんだよ。ほら、スパイスを選んで掛ける楽しさってあるからさ」
だいぶオブラートに包んだつもり。彼女が気にしていないことを願うばかりだ。
「ああ、言われてみれば。れこちゃん自身に探してもらうってこともありですね」
「そうそう……ふぅ」
「今、何か一息ついたような」
「いや、こ、これは! 今流行りの呼吸だよ! 呼吸で集中力を整えてるんだっ!」
「なるほどですっ!」
胸の動悸は収まらない。これがバレたらどうなるか分からない。それにもし、止められなかった時のことを考えると、心臓が止まりそうな程恐ろしい。
落ち込んでいたツン崎さんがゴォゴォと音を立てて燃えかねない。
一旦、思考を停止してネガティブなことを忘れておく。今は前を向け。
「じゃあ、早速取り掛かりましょう!」
彼女は取り出したエプロンを付けて、部屋にある冷蔵庫から大量の食材を取り出した。豚肉、にんじん、じゃがいも、玉ねぎ、カレー粉と見慣れたメンバーが揃っている。
「じゃあ、お米を僕が用意するよ」
「お願いしますね。カレーライスはお米も命ですから」
「う、うん!」
何だろう。今の言い方、普通に聞けばお米が大切だと受け取れる。捻くれた考え方をすると「米を忘れたら命はないぞ……」と聞こえてしまうような。
気のせいだよな。
平常心を取り戻して米を持っていく。集合場所は言わずもがな、食堂だ。
ツン崎さんと僕の交流はここから始まった。そして、キネネと出会ったのもここかもしれない。
更なる新たな出会いはない、と思っていたのだが。
彼女は食堂に入るなり、キッチンの窓際にスマートフォンを設置。それから再生する。
『じゃあ、今日はカレーライスを作っていこうと思いまーす! あははは……! サイコパス風、真っ赤真っ赤のカレーライスだよー! 誰かの生き血とかじゃないから、安心してねぇ!』
穂村さんは不思議そうな顔を見ながら、観察していた。僕の方へとぼやいていく。
「そういや、何故かいきなりVtuberが料理動画や裁縫動画、配信を出し始めたんですよね。自分は時々、こういうのを見て美味しそうなものを試したりするんです」
「……辛くなるのは、その危険なVtuberのせいだったんだ」
「何か?」
「いや、何も……」
「しっかし、何ででしょうね。いきなり。こんな平日にいきなり……皆さん」
彼女は不思議がっているけれど。僕は事情を知っている。たぶん、キネネと僕のやり取りを見て察したのだろう。何人かの人達は僕がツン崎さんを元気づけるためのお返しに困ると思って協力してくれているのだ。
彼女達のおかげで更にやる気、勇気を貰えた。ありがとう。必ず僕は成功させてみせるからね。
『ひゃっはー! ここでスープにデスソースをぶっ掛けるぜぇ! 具材はハバネロだぁ!』
一人だけ危険なVtuberがいるのはどうすればいいかな!? その通りにやったら、元気づける前に相手を病院送りにしてしまいそうな気がするのだが。
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