第28話「愛助はついに決断をする」
告げていく。自分でも後戻りできないと分かっていながら、全身全霊で口にする。文字にする。
『キネネ。そんな卑怯な相手をどうにか言葉で倒せないかなって思うんだ』
キネネはハッとして、こちらの様子を窺っていた。
『えっ!? 危ないんじゃぞ! そんなことをして、お主が怪我でもしたら……』
『大丈夫。そこは怪我しないようにいろんな方法を取るよ。誹謗中傷をさせないようにできれば、それで万々歳だし』
『……優しいのぉ』
いや、何か勘違いしているみたいだが。僕は単に奴を警察に突き出したり、ぼこぼこにしたりした際の後始末が面倒だと考えているだけ。いや、違う。そもそも、そんなことをした後の罪悪感に耐えられないだけだ。
優しく勇気があるのではない。無謀、な人間だ。だけれども、やらなければ。僕はそのために必要なことを伝えていった。
『で、そのVtuberに協力をお願いしたいと思う』
『えっ?』
『前に言ってたよね? Vtuberなら、個人の情報を丸裸にすることだってできるって。そいつの情報が欲しいんだ。僕からしたら、その人物が何処にいるのか、どうかも分からない。と言うか、この場所でこんなこと言っていいのか?』
気付けば、彼女の声は消えていた。画面が真っ暗になっていて、背後に人の気配がした。
「良くないよ」
黒髪の少女が立っていて、僕は心底驚いた。見覚えのある髪に胸のボリュームは、先日追ってきた少女だと認識できた。
「あっ……き、君は……」
童顔の彼女はニコリと笑ってから、僕に問う。
「まずは、そこのコメントから消してもらっても大丈夫かな? 後で問題になると困るから」
「あっ……ああ」
「ごめんね、ありがとう」
情報が欲しいという文面を消させてもらった。確かにこの様子を犯罪か何かの下準備だと誤認されて、キネネが通報されたら大変だ。
僕は一礼しながら、彼女に向き合った。
「で、君がキネネ本人ってことでいいのかな」
「まっ、まぁ」
「にしても、どうやって僕がここにいるって分かったの?」
「簡単だよ。どっちに逃げてったか、おにぃに聞いてたから。その方向に移動しただけ。そしたら、貴方がいた。良かったよ」
「……僕は良くないんだけど……そんな簡単に見つかるって……これじゃあ、個人情報を特定するのも容易なはずだよ」
その話題から彼女は本題に入る。僕の真意を尋ねてきたのだ。
心臓が酷く騒がしい中、彼女の話を聞いていく。
「で、そうだよ。本当に、その力を使うの? 他のVtuberの力に頼るってことは、完全に君のことも特定されるってことだよ。盲目の人なんかは貴方が頼ったってことで更に愛着が増すかも。取返しのつかないことになるかもってこと、分かってるんだよね」
「ああ……」
「で、もう一つ」
「一つ?」
彼女は震えながら、口を動かした。
「アカウントを消さない。このまま縁を切らないって方法を選んだ場合はわたしも引きずっていくんだからね。貴方のことを絶対に絶対に忘れられないってことなんだからね。貴方がわたしを必要としてくれたってずっと思っていくんだからね!」
重い感情が僕の心にぶつかった。ただ、揺らいではいけない。僕も言葉を吐いた。
「そこは一つ一つ紐を解いていくよ。君は、僕なんかじゃなく、もっといい人がいるってことが分かるはず」
「思わないよ」
「まだ未来のことなんて、誰にも分からない。分からないから、こんなとんでもない状況になってるんだよ。普通、あり得ないからね。何百もの人が自分に好意を寄せているなんて、こと」
「うう……!」
自分がどれだけ酷いことを言っているのか。分かっているつもり。だけれども、実際問題彼女の心では処理しきれないのかもしれない。幾ら忘れようとしても、離れられないのかもしれない。
しかし、僕には救うべき存在がいる。後で何とかできることは、後に回す。
「ただ、好意を持たれたからには。それなりのお返しをするつもりだよ」
僕がそう言うと、彼女は同じ言葉を繰り返した。
「お返し?」
「ああ。絶対に幸せにしてみせる。そうだ。大切な人を幸せにする手伝いをしてくれたんだから、当たり前のことだよ」
「……当たり前」
「好きって言われたからには、それなりのことでお返しするのが義務だと思う。好かれる人の責務だよ。絶対に応えるから、それまで待ってて」
「う、うん。いつまでも待ってるからね」
彼女は瞳を輝かせて頷いてくれた。お返しの方法はまだ決まっていないから、後で考えよう。
とにかく今はツン崎さんを苦しめる相手を倒す。そして謝罪させることが優先だ。
リアルキネネにお願いだ。
「じゃあ……お願いだ。そいつのことを調べてくれ。他の人達にもこのことを言っといてくれよ」
「了解。Vtuberの情報力、リスナーの力、その全てで力を……ね」
頼るからには全力でこちらも挑まなくては。そう思ったところで頼りない不安がやってくる。
「あっ、でももし……その相手が外国にいたらどうしよう」
キネネがボソリ。
「大丈夫。もう、その人物には……」
「ん? どうした?」
「何でもないよ。じゃあ、お願い。情報については後でダイレクトメッセージを送っておくから。そこで、ね」
「ああ」
「じゃあ、後はその助けたい相手の心の中もどうにかしなきゃ、だね。落ち込んでるんだよね」
「うん。でも、助かったよ。キネネとコメントしてくれた人の言葉で何とかなりそう。情報が来るまで、何とかそのアドバイスを頼りに元気にさせてみるよ」
いつもされていて嬉しいこと。それは、美味しい料理を作ってくれることだ。ならば、答えは簡単だ。
僕が料理を振る舞えば、良い。彼女を笑顔にするレシピを作れば、無問題。
しかし、メニューは何にするべきか。
キネネに別れを告げた後、必死に考えた。肉料理か、魚料理か。和風料理か、洋食か。ツン崎さんの好物が何かも分からないし、そもそも彼女をどうやって誘い出すかも分かっていない。
寮に戻って、隣から生活音を確認。特に出掛けることもないようだから、話すことはできるだろうけれど。
極めつけに僕に人の勇気を奮い立たせる料理ができるものか。
「あっ!」
ふと思い出して、大声を出してしまった。普通ならばツン崎さんから苦情が来るものだが、今日は反応がない。
そんな彼女を助けるための最善の策があったではないか。
早速、僕は隣の部屋の扉を叩く。
「穂村さん。お願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」
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