第26話「根木さんは愛助が大のお気に入り?」
僕は片足立ちで何度かジャンプ。左耳を下にして、中の異物を取ることに専念した。プールやお風呂で水が入った時は、こうやるのが大正解。
しかし、今は何をしても耳に残ったこの言葉を取り除くことはできなかった。それどころか、根木くんに心配されてしまう。
「ど、どうしたんだよ? いきなり……」
「いや、今、話を変に聞き間違えたような気がして。耳垢が詰まってるかなぁって」
「ん? 何を? 愛助が好きってところの何を聞き間違えたんだ?」
間違いなく言い放っている。「愛助が好き」と。この僕が好きだ、と。ハッキリとこの事実を受け入れられない僕は珍妙な顔をしていただろう。コンビニに入っていく女性の何人かが僕の顔を二度見していた。
僕はすぐさま意味が分からないと告げる。
「えっ? えっ? 好きになってもらう心当たりどころか、その妹さんとは会ったことがないんだよ? どうやって? どうやって好きになるの?」
根木くんは素早くコンビニの方を指差した。パッと考えられるのは僕が店員で、その妹さんがお客さんという関係。しかし、お客さんに好かれる理由が見当たらない。何が起きていたのか、彼は首を傾げながら説明してくれた。
「そこなんだが、どうやら、愛助く……愛助がアイツを助けたって話だぞ? たまたまそこのコンビニに寄った時、カツアゲされて。その時に気を引いてくれて」
「カツアゲ? うちの店でそんな犯罪が起こった覚えは……」
「どういうことだ? 愛助は何の覚えもないのか?」
「うん。それだけは断言できる」
「じゃあ、ちょっとカツアゲをしてもいいか?」
「えっ?」
「だから、お前の思うカツアゲの形が違ってるかも、だろ? 実際に何かやれば、思い出すかも、だ」
「ロールプレイングでやってみるってことか。じゃ、じゃあ……」
なるほど。一回やってもらうのもアリだ、と僕はお願いをした。彼は少し考えてから、僕に威圧感を向けてくる。迫力がある。本当にやってこないだろうな、と用心しながら受け答えを試みる。
「お……愛助、お前、幾ら持ってる?」
「えっと、まぁ、そこまで持ってないですよ」
なるほど。確かにカツアゲに対する想像は違った。僕はとんかつを揚げることと完全にお金をぶんどっていくことをカツアゲだと思っていたのだ。
新鮮な知識が手に入る中、彼の演技が光る。
「お、おう。それなら、飛んでみろよ!」
「えっ?」
「飛んだら小銭の音がするだろ? 昔のヤンキーはそうやって相手の持ち物をだなぁ」
「あっ!」
二つ気が付いたことがあった。
一つ目はある。確かにカツアゲされている現場を聞いたことがあるのだ。誰かが「おい、ちょっとジャンプをしてみろ」と。あの時は完全に客が無意味な命令を下してきたのかと思っていたが。実際は違った。元々、セリフは僕に向けられたものではなかったのだ。棚で隠れている他の人物に言おうとしていたのを勝手に僕が受け取ってしまった。
では、あの時の被害者が僕のことを勘違いして……?
彼女との誤解をどうにかしなければ。
そう考えるも二つ目に気付いたことが邪魔をする。周りの人がスマートフォンを使って、何処かへ連絡している。僕達のやり取りを本物の犯行現場だと考えた人達が「もしもし、警察ですか?」と通報している。
根木くんのなかなかな演技力が不幸を招いたらしい。彼はこの事実に気付かず、まだ役に徹している。
「だからな……へへへ」
「根木くん、逃げよう! 周りを見て!」
彼もその様子を察知して、汗だくになっている。警察に来られても、どう説明すればいいのか分からない。
「えっ!? えっ!? えええええええっ!?」
「取り敢えず、一緒の場所に逃げると、根木くんが僕を追い掛けたってことみたいになって騒ぎが大きくなりかねない! 行くよっ!」
「あっ、ああ!」
人の間をすり抜けて、必死に走る。最後に彼にこう告げた。
「根木くん、また会おう! 命があったら!」
「捕まりたくねぇ! ああっ!」
と言っても、連絡先を交換していない。落ち込んでいるツン崎さんに聞かない限り、月曜日までは偶然に
だから、話は進まない。
結局、根木くんに女子を励ますコツも聞けなかった。いや、方法はもう一つある。知り合いの陽キャがもう一人いた。
キネネ、だ。今まで多くの人を笑顔にしてきた配信者。その業績を持つ彼女であれば、ツン崎さんを笑顔にする方法を見つけることができるかも、だ。
人の好意を利用すると言うやり方は非常に酷いことは分かっている。しかし、
公園まで逃げてきた僕はすぐさま、愛助のアカウントでキネネに連絡を取った。
『時間を取れないかな。ちょっとアドバイスを貰いたいってことなんだけど』
彼女はすぐに動いてくれた。早速、動画配信を始めてくれたのだ。
恩に着ると心の中で何度も呟いて、彼女の配信をスマートフォンで見始める。
『何じゃ、何じゃ、何か困ってることでもあるのじゃ?』
僕は素早くコメントを打っていく。
『そうなんだよ。今、とんでもないことが起こっててね』
すぐ、言葉が飛んでくる。
『そういう場合は、素直に謝ることがいいと思うぞ。この国の最高峰を誇る犬達に逆らうのは無駄なのじゃ』
現実の方で僕の口から「えっ?」との言葉が出た。
最高峰の犬、それってよく政府の犬と
僕が警察に追われているなんて話、ここまで誰にも言っていない。
「どうして……?」
こちらで何を口にしても、届かない。彼女はこちらの表情なんて、分かっていない。口を大きく開けて、間抜けな顔でスマートフォンを見ているだなんて想像もしていないだろう。
『どうしたのじゃ……? ううん? 反応がないぞ? ああ、ちょっと急かし過ぎたかもしれんのぉ』
キネネは他から飛ばされるコメントも見ながら、受け答えを続けている。
根木。
キネネ。
今まで彼女に繋がるヒントが何度も何度もあった。
「もしかして……キネネ。お前はそういう……えっ? そういうことなのか?」
『おーい、どうしたんじゃ? 本当に、どうしたの? 何か、考えてる? 人には言えない? 何でも協力するから、何でも言ってごらんよー! ほらほらほらほらっ!』
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