第25話「根木田牧は〇がお好き」

 助けよう。

 そう思うも、最初に何をすれば彼女を元気づけられるのかが全く分からない。僕が笑わせられる程のギャグセンスを持っていれば良いのだが。

 ダジャレを言うにしたって、わざと壁にぶつかって道化を演じてみせるにしたって、確実に笑ってくれるかは分からない。いや、確実に滑る。滑って、そのまま「何してんの?」と冷たい視線を向けられる展開が見えている。

 寮の人達に見られなんかしたら、恥ずかしすぎて僕が引き籠りになりかねない。この場合、頼るべきは友。

 パッと頭に浮かんだのが根木田牧だった。彼の陽キャムーブならば、数々の女の子を魅了しているに違いない。彼が素晴らしいトークで女の子にキャーキャー言わせているところがありありと想像できる。

 彼にせめてアドバイスだけでももらおうと考えるも住所も連絡先も知らなかったことに気が付いた。

 

「……連絡先なんて普通なくても困らなかったからなぁ。どうしよ」


 ここで待っていたら、根木くんが尋ねてきてくれる。そんなのはご都合が良すぎる話だ。最近のライトノベルだったら「そんなにサクサク話が進むなんておかしいぞ!」と間違いなく叩かれる。

 何事も苦労をしなければ、成果は得られない。せめて足を動かしてみようと考えた。いるとしたら、コンビニだ。キネネの手掛かりを探る時にたまたまコンビニの中で出会った。つまるところ、彼はあそこのお得意様なのかもしれない。バイトしている間は一度もあったことがないけれど、昼間なら。

 一縷いちるの希望を抱いて、僕はコンビニへと足を運んだ。そこまで行く際に数時間待ってみるべきかとも思った。ただ、それをやるとコンビニの営業妨害にも繋がってしまう。自分のバイト先であまりトラブルを起こすべきでもない。いなかったら、帰ろう。

 自分の行動方針を固めてコンビニの前へ。すると、その入り口でぼんやり空を見上げて入るものを拒んでいるかのような雰囲気を出す男を見つけてしまった。

 完全なる営業妨害。暗い雰囲気は僕の方にもヒシヒシと伝わってきており、気まずい感じにさせられる。

 普段なら話し掛けることはないだろう。しかし、その相手が自分の知り合いであるからこそやめさせるべきだと考えた。後で僕の責任になりかねないし。


「ねえ、根木くん……? そこ、動いた方がいいんじゃない?」

「おれは……一体、これから……どうやって……生きて……いけば」

「根木くん!?」

「おっ、おう! ああ、愛助くんかっ!」


 一回魂が宇宙の彼方まで飛んでいたよう。僕が二回呼ぶことでやっと正気に戻すことに成功した。

 一応、今から頼るべき人物が暗くてはグッドなアイデアを貰うことは無理だ。だからと言って別に頼れる人も存在しない。僕は今、根木くんだけが救いの神なのである。彼なら励ませるかと思って、事情を聞いてみる。


「な、何があったの? 家が爆発した? それくらい、また直せばいいさ」

「い、いや、そこまではしてないが……」

「じゃあ、家の全財産を持ち出して、うっかり失くしちゃったとか?」

「い、いや、だから……まぁ、そこまでと比べたら、もしかしたら、おれの悩みもちっぽけなものだろうな」


 冗談を交えておいた。その方がもし、どうにもできない悩みかどうか分かると思ったから。取り敢えず、命などに関係した自分がどうこうできない悩みではなかったようだ。


「まぁ、やっぱりそっか。良かった。何があったの?」

「フラれたんだよ」

「フラれた?」

「『もうわたしに付きまとわないで! 一緒にいるのはやめて! もう一人前なんだから!』って!」

「うんうん……あれ?」


 途中までは納得していた。だけれども、途中から違和感を覚え始めた。普通、フラれる際って「ごめんなさい。貴方とは付き合えません」とか言うだろう。確か、彼女と一緒に同居していたはず。そこから考えても「一緒にいるのはやだ」は分かる。「もう一人前なんだ」とはどういうことか。

 彼の話を聞いてみることにする。


「きついよぉ。一緒に暮らしてた身としては、あんなことを言われちゃうと。これからどうやって一緒に暮らせばいいんだか」

「えっ? まだ同居してんの?」

「あっ、うん……まぁな。当たり前だ」

「いや、僕にはちょっと当たり前の定義が分からないんだけど。フラれたら、普通あんまり会わなくなるもんじゃないのかな?」

「うう……あいつと別れるだぁ!? そ、そんなことは……!?」


 といきなりパニックになって頭を抱え始める根木くん。今は僕が考えるべきなのだ。その相手の正体を。


「ねぇ、根木くん。一人前ってことは、もしかして、その子って根木くんより年下?」

「ああ、うん。今、女子高生だな。華と言われているが、彼女は今後もずっと華だと思われる」

「それって、生まれた時から一緒?」

「そうだな。分娩ぶんべん室から出てくる時からの仲だからな」


 その言葉一つで全ての真実が明らかになった。

 あまり信じられない話題ではある。だとしても今はその理由を紐解いて、彼を元気づけなければ。


「つまり、君は妹が好きってこと?」

「そうだよ。前から言ってるじゃないか……あれ、今言ったの初めてだったかなぁ」


 唖然とした僕が目を閉じて頷いていく。再びこちらが目を開けた時に、僕の前には首を傾げる根木くんがいた。


「まぁ、確かに妹が好きなのは大事にしてるってことだから、悪いことじゃないんだけど。妹さんに過保護すぎないかな……? だから怒られるんじゃ……」


 僕の言葉が刃だったのか、何故か「ぐはぁぐはぁ」とダメージを受けたような反応を見せていく。

 これぞ、残念なイケメンか。いや、僕自身残念な人であるからして、そんな評価をしてはいけないな。

 崩れ行く彼を見守りながら、彼の怒りを買わないように説得を試みる。


「で、でも根木くん」

「何だよぉ」

「結婚はできないかもだけどさ、もう少しいい距離感を取れば、きっといい兄妹に慣れると思うんだ」

「いい距離感って何なんだよ。もっと近づいて……アイツの服を着てみるとか」

「いや、いい距離感って言ったよな? 『付きまとわないで』って言われたんだよな!? 何で近づこうとしてんの!? そのうち兄妹でもストーカー禁止法とかで近づけなくなるよ!?」

「そ、それは嫌だぁあああああああああ!」


 僕はそんな彼に呆れて目も当てられない。そんな最中、衝撃的な真実が語られていく。


「……そんな中、愛助くんが好きとか言うし……何なんだよー、まったくもー!」

「へっ?」

 



 

 

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