第20話「キネネは諦め始めてる」

 今の僕がおかしかった。急いで出ようとしたせいで靴紐が整っていない状態で靴を履いてしまったのだ。彼女はそうした細かいところも許しはしない。「男子ったら、そういうところがガサツなのよね! どっかに引っ掛かると危険でしょ」と注意してくれる。

 その上、たぶんこちらの髪型もボサボサになっているから、そこにも嫌味を言ってくるのがツン崎さん。そのはずなのに今の彼女は全くとして、指摘をしてこなかった。

 まるで悪魔が憑依したか、魂が抜けたのか。


「どうしちゃったんだよ……」


 気になりながらもチャーハンが冷めてはいけないと、急いで食事の準備をする。チャーハン特有の醤油の味とチャーシューが混じって美味しい。パラパラとした米にも味がしっかりついていて、病みつきになってしまう。

 病みつきと言うのは二種類存在していると思う。

 一種類は大きなから揚げや太麺のラーメンみたいな、一回でお腹一杯になってしばらくはもういいやとなるもの。まぁ、病みつきになっているから、数週間後には「また食べたい」となるのだけれどね。

 もう一種類は毎日食べれる病みつきだ。優しい味付けでこれを幾らでも食べれてしまう。明日もまた食べてみたいと食べ終わった後に感じる幸福感がある病みつき。

 このチャーハンはたぶん後者の方。

 半分になった位で、「ああ、半分しか残ってないのか」と思う位、悲しくなる。そんな料理を作ったツン崎さんは料理に集中できない程ではなさそうだ。

 疲れて注意が散漫になり、カフェラテ子さんからファンへの連絡を忘れただけなのか。それならぼーっとして、僕へ文句を言わなかったことにも想像がつく。いや、敢えて分かってたとしても「今日はこいつに言っても無駄だな」とか、「面倒くせえな。転んだら痛いから分かるでしょ」と思ったのかもしれないが。

 後でなんやかんや言われると怖い。例えば手に持っている皿がよく洗えていないと、「他の人も使う食器をもっと綺麗にしときなさい!」と叫ばれることになるであろう。確かご飯が入っていた容器はそのまま放置しておくと、カピカピになって汚れが取りにくくなってしまうだとか。

 先に洗っておこうと僕は皿を持って、形として存在している部屋の流し台を使っていく。

 ついでに作業している間に使うBGMを探していたら、キネネがまた配信を始めようとしていたのを発見した。もしかしたら、また僕について何か重要な話を喋るかもしれないし。あの場所に僕を呼んだ理由も話してくれると期待する。

 

『こんばんは! 今日も占い配信をしていくのじゃ! と、その前に……大切なお話があるのじゃ……』


 何かあるようだと思ったら、いきなり動画に多くのコメントがやってきた。『何々、テレビに出るの!? ワクワクテカテカ頭つるピカ』だとか『引退宣言!? シクシクシクシクシクラメン』とか。様々な顔文字と交えて、何か期待と絶望に満ちた発言をしていた。いや、絶望の話をしている人も何だか楽しそうな反応なのだが、いいのだろうか。

 キネネの方はそれを楽しんでいる。嬉々として、まるで一つのことを談笑する高校生達のように語っていく。


『いや、アニメ化って何が起こるのじゃ!? まだ、正確なストーリーはわっちに……あっ、いやいや、ストーリーはある! 存在しておる! ただなぁ、まだ人間には理解できない物語が存在していてな。皆が混乱してしまうような形で放送してしまったら、楽しめなくなっちゃうじゃろ! 笑いの力や笑顔の力もわっちが占いを使うための魔力じゃ。そのためにはまだまだ長い道のりが必要じゃの。で、引退の方もせんぞ! まだまだやることがあるからの! そこっ! 期待するなっ! 期待した奴は鞄の中に入れておいたスマートフォンが発火する呪いを掛けてやるぞ!』


 ……最後の呪いについては地味どころが大胆に嫌だな。とは言え、そんな冗談を言って、他の視聴者も楽しんでいる様子。

 大切な話も軽いノリで言えるものなのかな、と思って聞いていた。

 ただ、その予想は大きく外れることなる。


『で……気持ちを切り替えさせてもらうぞ……この前のラッキーなものじゃが……残念ながら恋する気持ちは実らなかったようじゃ』

「ふぅん……えっ!? 何で?」


 画面の向こうにいる相手には届かないのに、僕は大声を出してしまった。隣のツン崎さんや穂村さんに迷惑だとすぐに口を閉じた。

 続けて、彼女の意向を耳に流していく。彼女は僕への好意を強く主張していたのに何故、そんなことを……。

 僕の指は自分でも無意識的にコメントを打っていた。僕自身のアカウントで『何で?』と送信する。


『……ついに来てくれたか。お主には迷惑を掛けたな。と言うか、そもそも名前を公開すること自体、迷惑だったか……』


 うん、それはもう本当に。

 別に目に見える危害は今のところ、被っていないから良いけれど。


『すまんな。でも、お主にはどうやら思いが届かないようじゃの。天命でお主の運勢を占った結果、嫌われていると出とる』


 占い……そんなことで僕に気持ちがあるかどうか知った、と言うことか。正直、その通りなのだけれど。コメント欄はこちらを責めるメッセージはほとんどなく、キネネに「仕方ないよ」と慰めている人達が次々とコメントを送っていた。しんみりしているキネネ達を見ると、「そうじゃないよ」と言いたくなる。

 気付けば、またも指が勝手に動いていた。そのまま送信。


『別に好意を持ってない訳じゃないよ。確かに見ず知らずの人がいきなり自分を好きになるって言ったら驚いたけど。別に調べてみてさ。キネネはちゃんとファンとか大事にしてるし』


 僕の長文を呼んだ彼女が一言疑問を放った。


『何故そう思うのじゃ?』


 今まで自分の配信を見てこなかった人が何故いきなり自分の優しさを断言できるか気になったのだろう。

 その根拠を言葉にして、コメントを送る。


『君のエッチな絵を描いた人が言ってたよ』


 送ってから、自分は考える。何を言っているのだろう。そのまま言葉に出して近所の小学生、中学生、高校生に言ったらこの発言がどれだけ危険なものか分かる。即通報ものだ。セクハラ案件だ。

 コメント欄も『お前、キネネ様に何を!?』とツッコミが来ていた。信者にはそういうイラストは不愉快なものなのか。悪いことをしたと後悔しそうになるも、同じ人が素早く『そのサイトは何処だ、教えろ』とコメントでお送ってきた。興味があるのかよ。何だよ。余計な心配をしちゃったではないか。

 一応、サイトのURLを送っておく。

 ついでに『お前はエロ絵を描いていないのか』ともコメントが来た。僕はどんな人間だと思われているのか。

 『君のエッチ絵はないの?』。男の裸を見たいのか。

 『君のエロ画像拡散していい?』。どのルートで手に入れたんだよ。後、この人に踏むとコンピューターウイルスに感染するURLを送っていいかなぁ。

 よく分からないが、他の視聴者にセクハラだと間違われないよう、『君のエッチな』云々のコメントに追記をしておいた。



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