第19話「根木は長谷部を疑っている」

 彼の正体を疑ってみてからあり得ないと決め付ける。当たり前だ。まず声質が違う。彼が両声類と称される男性と女性の声を持つ人間だったとしても、違うと感じられる。そもそも彼は昨日会ったばかりだし、恨まれる要因も好かれる要因もない。

 彼がキネネになって、僕を誘い出しても何の得もないはずだ。

 僕の予想通り、根木くんは違う話題を投げ掛けてきた。


「なぁ、津崎の様子が変じゃないか?」

「うん?」

「何か異様にハキハキしないと言うか、何か困っていると言うか……」


 ツン崎さんのことだった。同じ違和感を持っていた人がいたんだ。すぐさま共感し、詳しい話を聞くことにした。


「だよね。何か浮かない表情だったし。課題か何かで困ってるみたいにも思えたけど」

「ううん……思い当たる課題がないんだな。彼女、普通に課題で詰まったら、バンバングループに連絡してくるんだ」

「じゃあ、一体」


 根木くんも原因を知らないみたいだ。一緒に唸って悩んでいた。途中で僕をよく知っている男の店員が「気持ちでも悪いのか」と勘違いしてきたものだから、笑って誤魔化した。そして悩む場所を根木くんと共に外へと変えた。

 外に出る際、何故ツン崎さんに対し、こんなに考えているのだろうとも疑問に感じた。ツン崎さんは僕にとって、何なのか。心の中に答えはあるように思えるのだが、正確な言葉で表せない。彼女はカフェラテ子さんの正体でもあるから、憧れが正解なのかな。

 そこで偶然にも根木くんが話題を変え、僕の考えていることについて尋ねてきた。


「ねぇ、君にとってツン崎さんは特別なのか?」

「えっ、エスパー!? 何で僕の心が分かったの?」

「うん? 同じことを考えてたのか。いやいや、そうじゃなくて。たまたま同じになっただけ、だよ。で、どうなの?」


 好奇心で聞いてきているのか。そう考えるには少々真剣な目付きがある。緊張させられながら、僕は正しいと感じた答えを選んでいく。


「いや、同じ寮の隣人さんってところ」

「そうだとは思えないんだよ」

「いや、でも、まぁ、ちょっと色々世話になってるご近所さん、的な?」

「本当に?」


 疑われた僕はもうたまらない。こんな言葉を吐いてしまった。


「えっ、この前、ツン崎さんには好意的なものを持ってないって、言ってたよね。何で、そこまで気になるの? やっぱり?」


 そこで彼も何故か妙な汗を掻いて、弁明していた。


「い、いや、だからおれの恋人は他にいるから、問題ないんだよ。いや、ほら、笑ってただろ? 入店した時。あんなに柔らかい顔をあんま見たことないから、どんな関係なのか、本当に気になって」

「ああ、そうか。僕って生粋きっすいの芸人みたいなもんだから。今まで笑われてきた数を数えろって言われたら無理だし。きっと彼女も同じ感じなんじゃないかな?」

「そんな感じじゃ……ううん、まぁ、そういうことかな。いや、でも……」

「根木くん、何でそんなことを気にするんだよ?」

「いや、まぁ、カップルがいたとしたら色々記念日があるだろ? その場合はプレゼントとかおめでとうとか言わないといけないし、知っておかないといけないことが色々あるんだ」

「陽キャって忙しい……!」

「おれが陽キャ……まぁ、いいや。そうだな。できることなら、体が三つは欲しい」


 ふと、例え陽キャでもカップルの記念日を一つ一つ丁寧に祝うのだろうかと不思議に思った。しかし、僕の価値観で考えるからおかしくなる。陽キャの中でも上位の人間はやっていることなのかもしれないし。根木くん自身だけがそうするものだと信じ込んでいる可能性がある。

 陰キャグループの僕には理解できないことだ。忘れることにしよう。

 結局二人で考えていても答えは見つからない。だから、別れ際に僕は彼とメールアドレスの交換の提案をする。「津崎さんを見てて、何か分かったら伝えるね」と告げておいた。

 さて、と思うところで家に戻る。

 やることはキネネの目的をもう一度確認すること、だ。何のために僕をコンビニに呼び出したのか、意図を確認しなければならない。

 ただ、それさえ終われば至福の時がやってくる。

 カフェラテ子さんの配信だ。まだツン崎さんがカフェラテ子さんであるという衝撃は消えていないが。それでもカフェラテ子さんへの好意が消えてはいない。いや、増えているのか……。

 

「なんか気恥ずかしいよな。カフェラテ子さんが好きってことは……ううん、ツン崎さんが好きってことなのかぁ……? いや、カフェラテ子さんと僕はただのアイドルと熱狂的なファン……ツン崎さんと僕は隣人と隣人……だけど、どう区別すればいいんだぁ」


 悶々としてしまう気持ちに悩んでいる。ただ、だからこその期待もある。ツン崎さんがカフェラテ子さんとして、どんな姿を見せていくのか。平常とは違う声で、違う話題で。

 正体を知ったことでたぶんだが、よりカフェラテ子さんを、ツン崎さんを好きになったことは間違いない。だから、胸の騒めきを感じながら、彼女の配信を待ち侘びていた。

 キネネを調べ直しているうちに日が降りて、夜が更ける。

 待っていた。

 ただただ、彼女を待っていた。


「あれ……カフェラテ子さん?」


 いつもの配信時間も過ぎている。一部のファンがSNSでも彼女の心配をしていた。金曜日は毎週「一週間お疲れ様配信」をやってくれる彼女が今日はない。

 課題か仕事が忙しいのか、とそんな声もある。ただ僕は違うことを知っている。それならば、ファンの人達に動画サイトの掲示板やらSNSやらを使って教えてくれるはずだ。カフェラテ子さんはそういう人だ。何も言わないなんて、おかしい。

 僕は一旦、パソコンやスマートフォンを置いて思考を回転させる。何が起きたのか。

 途端、力強いノックが聞こえてきた。入口の扉をあそこまで勢いよく叩けるのはツン崎さんしかいない。

 ふと誘拐とか、誰かに襲われて病院になんて不吉なことが頭に過ってしまったが、そんなこともなさそうで。

 安心しながら扉を開くと、チャーハンを持った彼女が立っていた。


「長谷部くん。これ夕飯。美味しかったら、感想聞かせて」

「あっ、ありがとう。あっ、皿は洗っておくね」

「お願い。明日の朝もこうやって持ってくるから、寝てて大丈夫よ」


 彼女は一回頭を下げると、駆けていった。

 誰だ……? いや、ツン崎さんなのには間違いないのだけれど。あのツン崎さんは、誰なんだっ!?

 


 



 

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