第18話「根木くんは何故か待っていた」

 朝の時間はまたツン崎さんとの待ち合わせ。今日はサバの味噌煮をご馳走してもらうこととなる。

 ただ今日の彼女は疲れているのか、ボォーとしている。付け合わせにしようとしていたらしき、ショウガをかなり大雑把に包丁で切っていく。声を掛けようにも、逆にそのせいで驚いて手を切ってしまったらと心配してしまった。

 彼女がサバを鍋の上に乗せ、焼いているところで尋ねてみることにした。


「津崎さん……? 大丈夫? 疲れてる?」


 彼女は首を横に振る。


「そんなか弱い訳がないでしょ。ワタシを甘く見ないでよ」

「本当に?」

「疑り深いわね!」


 僕には事情を聞く才能がないようだ。これ以上、彼女の体調について心配していたら不機嫌になること間違いなし。


「ううん……」


 テーブルを拭きながら悩んでいると、彼女はこう告げる。


「まぁ、単に難しい課題が出て困ってるだけよ。気にしないで」

「ああ、そうなんだ……」


 ならば納得だ。僕もレポート課題の際は一睡もできないことがある。と言っても、僕は最後の最後までやらないで、提出期限ギリギリになって取り組んでいるせいなのだけれどね。ツン崎さんもそういうタイプ……ではないよな。彼女は真っ先に課題を終わらせようとする性格だ。であれば何故……?

 いや、彼女が教授に「面白そうなので調査してきます! 提出期限は明日で!」と頼み込んだ自主的な課題なのかも、だ。


「手が止まってるわよ。アンタこそ、どうかしたの?」


 考えていたら、今度はツン崎さんに指摘されてしまった。いつも通りの彼女を見て、ホッとする。それから「ああ、ごめんごめん!」と言いながら、食事の手伝いをした。

 サバの味噌煮は白飯によく合う塩味が付いていた。しょうがの風味もしっかり効いていて、香りも味も良し。骨は取りづらく口の中に刺さりそうになる。


「ぐっ……!」

「こういう時はご飯と一緒に飲み込むといいって聞いたことがあるわねって。ご飯がもうないの! ええと、骨を飲み込んでみる?」

「ツン崎さん!? それ、滅茶苦茶尖ってる奴! うう……何でそれがベストな選択だと思ったの!? ううっ、あっ、取れた」

「良かった……」


 少々トラブルはあったものの、何とか無事に食べきることができた。


「今日もありがとうね。魚料理もうまいんだね。津崎さんって」

「何でもできるようにならなきゃ、だからね。まぁ、こっちこそ、付き合ってくれてありがとう」

「じゃあ、今度は僕が付き合ってもらう番だね」


 朝の登校で怪しい人物がいないか見張ること。昨日と同じことになるかと思うも、今日の彼女の様子は全く違っていた。

 周囲の危険を確かめるよりも、立ち止まるたびに見るスマートフォンの方が大事という感じだ。今日の通学路には猫やトカゲがいないから、だろうか。それとも課題が忙しくて、心の余裕がないのだろうか。

 そんなことを考えたり、惰眠をむさぼっていたりしたら、すぐに下校時刻となった。大学の入口で彼女と集合した途端、睨まれた。


「で……その頭の手の痕って何?」

「い、いや」

「授業中、机に突っ伏して寝てた訳じゃないでしょうね」

「あっ、ははは……いや、ちゃんと夜も眠れているから大丈夫だよ」

「そんな心配してるんじゃないのよ! いびきで他の人に迷惑掛けてないか気になってんのよ!」


 うん。やはり、ツン崎さんだと安心した。彼女は彼女。厳しい一面もある優等生の女子大生だ。

 気にする必要はないと自分に言い聞かせ、前を向く。

 目指すは帰り道。キネネに占ってもらったコンビニの中である。僕達はそこで何が待っているかを想像する。

 コンビニでキネネが待っていて婚姻届けを突き付けてくるというのがまだハッピーな展開かもしれない。僕が恨まれていたとしたら、そうではない。客を人質にして、コンビニで大騒ぎを起こすかも、だ。


「油断はできないね」


 ツン崎さんは「そうね」と言ってから、あごに指を当てた。


「何を仕掛けてくるのか……ああ、ガスマスクとか防弾チョッキを用意してくれば良かった」


 なんて真面目に言ったものだから少々笑ってしまう。短髪黒髪の美人にガスマスク。似合わない訳ではないと思うが、コンビニの中でしているという状況とユニークな組み合わせが面白かった。

 彼女の方はそんな僕を横目で見る。


「何よ。何、笑ってるの?」

「い、いや……だって、ツン崎……じゃなかった、津崎さんも想像してみなよ。津崎さん……いや、こっちは僕の方がいいかな。僕がコンビニの中でガスマスクを装着してたら」

「確かに滑稽ね! ふふっ、ふふふふっ!」


 笑ってしまったらもう油断云々の話ではない。僕達は気が抜けたまま、コンビニへと入店した。キネネの占いが正しければ、店内で誰かが待っているはず。

 そう思い、キョロキョロ辺りを見回すも目立った客は店内にいなかった。

 しかし、一人もいない訳でもない。雑誌コーナーのところで立ち読みをしている根木くんがいた。彼はそのまま元の場所に戻し、僕達に挨拶をした。


「おっ、二人とも。帰りだったんだね。ストーカーの件はどうなったの?」


 ついでに尋ねられた話にツン崎さんが答えていた。


「どうやら、そのストーカーが待ち合わせの場所を指定してくれたみたいでね」

「へぇ。手紙とか何かで?」

「ううん。まぁ、そういったところね。誰か怪しい人を見なかった?」

「いやぁ、別に」

「そうなのね」


 待ち合わせの相手はどうしてしまったのだろうか。飽きて帰ってしまったのか。それとも、ここを出た途端、いきなり襲おうと外で待ち構えているのであろうか。ふと外に出て確かめるも、全く異変はない。

 下校しているらしき高校生が馬鹿騒ぎできる位には平和な様子。

 

「……何なんだろう。からわかれてるのかな?」


 ツン崎さんが僕の独り言に素早く応じた。


「そうかも、しれないわね。でも、あんな大々的なからかい方、する?」

「しないよなぁ……一体」

「取り敢えず、からかわれてるってことにして。明日明後日は土日で休みだから、ゆっくり対策を練りましょ。じゃ、ここから寮なら近いし、問題ないでしょ」

「う、うん。今日はありがとね」

「じゃっ」


 彼女はそのまま帰っていく。その様子をただただ静かに見守っていた根木くんが、急に喋り出した。


「なぁ、ちょっと時間空いてるか?」

「ん? 根木くん? 何か……僕に話したいことでもあるの……?」


 ま、まさかね。まさか、根木くんがキネネ、なんてことは……。

 

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