第17話「キネネは占いまくる」
さもないと、何が起こると言うのだろうか。彼女は小さい声でボソボソと何かを喋っていた。うまく聞こえなかったが、再生し直す勇気もなかった。
その後に本題が来る。彼女が僕に教えるべきこととは一体何だろうと胸を騒めかせながら続きを待っていた。
『ふふふ……それはのぉ、帰り道。家に一番近いコンビニにいることが風水的にも良いとされておる。帰り道に寄るのが吉じゃぞ!』
たぶん、彼女が指し示しているのは俺のアルバイト先のことだ。何故、そんな場所に幸せがあるのかと告げるのか。
答えはすぐにピンと来た。
そこでキネネか、キネネの信者が待っているのだ。彼女の告白が本当のものだとしたら、そこで何か接触を試みてくるはず。逆に何か僕に恨みがあるのであれば、襲ってくるはずだ。
後は行ってみれば、キネネの本心が分かるはず。
「だよな……きっと」
決着は明日の帰り道に着くはずだ。それまでに準備を整えておかなければ。警察を呼んでも相手にされないだろうから防弾チョッキでも用意しておこうか。
いや、危険な復讐ならばコンビニなんて誰かに見られる、止められる危険が
しかし、文句の内容が気になっている。
僕のアルバイト先を決着の場所に選んだということは、やはりそこで買った恨みの可能性が高い。
彼女と僕で何の恨みがあるか、確かめるには彼女の配信記録を見るしかなさそうだ。その中に僕への愚痴を話しているかもしれない。
僕が集中して見たのはトラブルがあった日の夜、そして次の朝に配信されたもの六本である。
『今日はお疲れ様じゃ。今日一日、皆の衆はどうじゃったかのう。今日は星が綺麗じゃからのう。そうじゃ! ちっぽけな人間共としては大きな星を見習うのも大事じゃ。というか毎日星座占いをやっておるのよう。明日のラッキーはきっと獅子座じゃ』
最初の夜は全く関係なさそうな内容でほっとしていた……のだが。その矢先にドキリとさせられる一言。
『そう言えば、近場で卑猥なことを喋る不審者が出たとの情報があるのぉ。そんな奴はわっちの水晶占いでその正体を見抜き、靴底がべろんべろんになる呪いでも掛けようぞ!』
うん。僕のことかもしれない。確かに客に対して下ネタを言い放ったのは僕です。間違いようがありません。
もしかして、キネネも近くでその発言を聞き取り、「なんて店員だ!」と怒りを感じているのではないか。次の朝の配信も確認しておいた。
『さてさて、占いによると危険な人物は可愛い犬かと思ったら、わんと吠えられ、思い切り手を噛みつかれたという災難があったらしい。ふふふ、罪と罰はちゃんとあったらしいの』
すると、身に覚えのない出来事が告げられた。どうやら、不審者は僕のことを指し示していなかったらしい。
他の四つも目立った特徴はなかった。タロット占いをやろうとして、やり方が分からないと投げ出したり、歌の配信をしたり。
最初に見た不機嫌な様子のものはなく、ますます恨まれる理由が分からなくなっていった。
パソコンを閉じて、明日の準備をする。
「って、待てよ。明日の……ああ……?」
帰り道で僕を襲おうとしている。その考え方が間違っていなければ、キネネかキネネの手下は間違いなく僕の下校時刻を知っている人間に限られる。
僕の下校時刻をよく知ってそうな人物が一人。ツン崎さんと穂村さんだ。隣の部屋だから何曜日は何時に帰ってくるのか、一週間の流れ位は分かっているだろう。彼女達がキネネに関係しているとはあまり思えない。たぶん、彼女達が何等かの理由で漏らした情報をキネネの関係者が聞き付け、今回の占いでおびき寄せ作戦に利用したという流れが正しいのだと思う。
そうなれば、早速確認だ。
ツン崎さんとのスマートフォンで繋がっているのだし、ここは存分に利用させてもらおう。カフェラテ子さんの配信は終わっているから、あまり邪魔にならないだろうと考え、文字を打つ。
『津崎さん。もしかしたキネネやキネネに関する人が僕の生活を知っている人かもしれない。心当たりはある?』
文字を並べ終えたら、送信。後はどう戻ってくるかでドキドキが止まらなかった。そのまま『知らん』と返ってくるか。丁寧な返信がやってくるのか……。そのどちらが来るのかと疑問に思ったら、部屋の扉がバンバンバンと叩かれる。それは猛烈に。
「いるんでしょ! いるのは分かってるわよ!」
ツン崎さんの声ではあるが、何だか借金取りみたいだ。僕は彼女の姿を扉にある覗き穴で確認してから、中に入れる。
「そりゃ、いるよ。夜だもん」
「そ、そうよね」
「ってか、メールで返信してこなかったね」
「だって、その場で話し合った方が速いでしょ!」
「まぁ、確かにそうなんだよね。部屋、隣だし」
「で、もう遅いから。さっさと話して終わらせましょ」
ここで彼女にもう一度メールで送ったことを告げておく。彼女は「うんうん」と頷いてから、可能性を挙げてくれた。
「穂村ちゃんがそんなことべちゃくちゃ話す訳がないし、ワタシだってそんなことしないわ。きっと文学部と音楽科で繋がりのある子が主犯……もしかしたら、キネネなのかもね」
「そっか。そうだったら……文学部で動画配信……聞いたことないから、音楽科って動画配信者が多いね」
ふとした言葉でハッと目を見開いていたツン崎さん。そこで思い出した。そうだ。彼女が動画配信者であることはあまり知られたくない事実のはずだ。今もその事実を隠しているのだし。
こちらも知らないふりをしないとと、すぐに誤魔化した。
「動画配信者好きが多いよね! ほら、キネネもきっと動画配信者が好きだから、動画配信者になったってところがあるでしょ」
「そ、そうよね」
胸を抑えて、呼吸を整える。
ヤバかった。彼女自身の正体がバレていることが知られたら、何をされるか分からない。焦って、部屋の中で立てこもられて自爆テロでもされたら、困るからなぁ……って、ツン崎さんはそんなことしないか。……するのは僕か。危険だな、僕。
この後は彼女と共に明日の予定を確認した。帰る時間は同じだそうで、共にコンビニへ行けるそう。
そこで一体、何が起きるのか。ちょっとだけ不安で、ちょっとだけ楽しみだった。
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