第16話「キネネさんはいけないイラストを描かれる」
根木くんと別れ、毎度のアルバイトを済ませて来てからの作戦だ。ツン崎さんなのであろうカフェラテ子さんの話をスマートフォンで聞きながら、棚に置いてあるパソコンを開く。
パソコンが立ち上がる間はカフェラテ子さんの話を集中的に聞いておく。
これがツン崎さんの声かと思うと、やはり微妙な心持ちになる。夢が覚めたということではない。逆だ。聞くごとにドキドキしてしまう。これが彼女の持ち合わせている本当の部分だと言うことなのか、と。
『今日は動物の話でもしましょうか。ペットショップに行った話がよさそうですね!』
ツン崎さんの方は僕に正体がバレないようにしているのか。カナヘビや猫の話はしなかった。しかし、犬やらうさぎやら、カメレオンの魅力まで余すことなく語っている。時々、コメントを拾って『だよねだよね!』と視聴者と動物との体験談で盛り上がっている。
やり取りを楽しんでいたら、パソコンは開いていた。おっと忘れてたとすぐさま作業に取り掛かる。
キネネのことを調べなくては、だ。僕を追う目的が何なのかを知るためには彼女のキャラクターについて認知しなくてはいけないのだと思う。
「こういう時は、ピクピク大百科事典で確かめるのが一番だよな」
うんぬんペディアでもその正体を調べるのは可能だ。しかし、ピクピク大百科事典ではイラストがあり、かなりポップな文体で説明されていることが多い。そこからファンアートのページにも意向でき、視聴者がどんなイメージを持っているのかも確かめることができる。今の自分が一番調べたいことが分かるのではないかと判断した。
百科事典のページに行き着くと、桜と共にキネネが描かれているイラストと共に紹介の動画が表示されていた。
まずは、本人の紹介動画を見ておくべきだろう。再生ボタンをクリック。
『お初にお目にかかるのじゃ。お狐様系占い師キネネ、ここに降臨。みなの運勢を占うため、世の中の悪をわっちの呪術で葬るためにこの世に降り立ったのじゃ。みなの衆、よろしくお願いいたすのじゃ!』
呪術、か。何故かそちらに興味を惹かれていた。一体、どのようなものなのだろうかと聞いていく。
『例えば、蚊に刺されやすくなったり、プリントに汗や涎が垂れたりするのぉ』
「意外とせこい呪術だなぁ……」
『他にも全裸で踊り狂うこととなるものや笑いが止まらなくなるものも』
「あ、あれ」
『はたまたは天国に行けそうってところでいきなり地獄に落ちたり』
「何か、めちゃめちゃやばい系の呪いだった……」
ううん、一応最初にヤバい子だなぁとは思っていた。呪いのことを聞いて、更に彼女の狂気を感じ取り、苦笑いしかできなくなってしまう。あれ、僕も呪いに掛かってしまったのだろうか。
動画が終わった後は彼女のことについて書かれている文章を読んでいく。
『三年前。妖怪Vtuberとして、動画サイトに現れた彼女はその的中率三割の占いに大ブレイク。可愛い声が運を引き寄せるとの名声で大ブレイク。年は二千歳だと言う。性格は人のことをちょっと下に見ることも多く、それこそが彼女の魅力だと主張する人達もいる』
最後の部分で読む手を一旦止めてみる。僕の名前を呼んだ後は、人を見下している印象は全くなかった。常に僕を褒めているような形である。
「ううん……? 一体、何を……?」
他の大百科に書かれていることを見る。題名に『突撃! 彼女の隠す過去を調べてみた!』という記事があった。すぐさま見てみるも『調査結果、何にも分かりませんでした』、『ただいま調査中』の連続だ。この人は単に人の興味を惹いて、ページのPV数を増やしたいだけらしい。
仕方ないからイラストの方をチェックする。
最初に出てきたのは本人が一番見てはいけないだろうイラスト。白く耽美な水着が本当に大事なところだけギリギリ隠しているという状態だ。背景が何故か学校の廊下。絵の中のキネネは耳をピクピク動かし、手を前に出している。鼻の上の辺りを真っ赤に染め、酷く照れていた。
本人はこの絵を見て、どう思うだろうか……。いや、R18はついていないがここまで際どいイラストは見ていないであろう。
そのまま視聴者からのコメントを見ていると『この絵、本人もすっごくいいって言ってたよね!』とのお言葉が。
見てるんかい。本人が喜んでいるのであれば、それでいいか。そう思った瞬間、下のコメントが目に入った。
『えっ? でも、あの子の正体、十五歳とかじゃなかった? 声からすると、そういう風なんだけど……まさか、あの子! こんなエッチな絵も見てるの!? まさか十五と言う年で!?』
『いやいや、まさか。本人はきっともっと上の年齢なんでしょ。ほら、二千歳って言ってるし』
『二千歳は嘘でしょ!』
何か、その絵を描いた人が困るような口論をコメント欄で始めている人達がいる。いや、違った。絵師さんも一緒になって、年齢のことについて語っていた。
『わたしも混ぜて混ぜて! きっと妖術で声を若くしてるんじゃないの!? 絶対そうだよそうだよ! あの人の占いもほとんどピタッと当たっちゃうし! きっと、そうそう!』
楽しんでいるようで何より。
僕はそっとその画面を閉じていく。
気になったのは占いだ。Vtuberキネネは何を朝の占いだけなのか。考えて他のサイトを調べようとしていたら、一つの動画に出くわした。思わず息を呑む。
タイトルが遠回しに僕宛てとなっている。
『今日の朝言った好きな人への占いをお見せしよう。必ずや幸せにしてみせよう』
何が狙いなのかは分からない。けれども、視聴すれば手掛かりがあるのかもしれない。もしかしたら、占いの途中で彼女が「今までのはドッキリだった」とか言って、面倒事が全て消えてくれるかもしれない。
そんな都合の良い妄想をしながら、クリックする。
画面に現れたキネネは水晶玉を見つつ、占いを喋り始めていた。
『長谷部よ。明日の運勢を推理しよう。お主は近々、悪夢に囚われることとなってしまうのじゃ』
「えっ」
いきなり悪運を告げられた。今朝は史上最高にハッピーと言っていたような。いや、違う。彼女の話すハッピーは彼女自身と一緒にいれることなのだ。仮に僕が何かあっても、キネネは自分と添い遂げられるのだからハッピーだろう……と。
彼女は彼女で価値観が違う。
『今朝は幸せと言ったな。ああ。それは間違いない。わっちの言うことをちゃんと聞けば全然全然問題ないのう! よぉく耳をかっぽじって、聞いていくんじゃぞ! さもないと!』
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