第15話「根木くんは同居人に愛を抱いている」

「な、何でもないですよ」

「そうか。なら、良かった」


 うっかり自分の妄想を口にしていたようで焦ってしまった。彼に嫉妬しているのがバレたら恥ずかしいと言うことで黙っていたのだが。

 帰り道を進む中、彼はそれ以上のことを喋らなかった。たぶん僕を気遣ってくれているのだ。その優しさがまたモテる秘密なのであろうと思うと、酷く羨ましかった。「そんな感情を抱くのなら、君も真似まねた方がいい」と僕は他人に指摘されるかもしれない。しかし、無理。僕だったら間違いなく聞いてしまう。「何が悔しいの?」だとか、「何が困るの?」だとか、心配して相手のプライバシー関係なく質問をしているのだ。そのことで中学高校の元クラスメイト達に何度「こいつ、デリカシーないわね!?」と言われたことか。

 いや、今も時々、ツン崎さんに指摘されていたのだった。

 彼と比べれば、僕は劣っているものばかり。魅力で勝とうとするのは諦めようと割り切って、話し掛けてみる。


「で……ええと、確か名前は」

根木ねき田牧たまきだよ。長谷部愛助くん」

「は、はい!」

「後、緊張も敬語もなしなし!」


 本当にスカッとする男だった。爽やかな風を擬人化したのかと思える位に話し方も気持ち良い。

 逆に心配だ。僕を狙っているストーカーが少女だったとして、彼に惚れて付け狙い始めないか。その場合、彼まで巻き込んでしまうことになる。

 一応、世話になる側だが覚悟を尋ねていた。


「じゃあ、本当にいいの? もしかしたら、何か厄介なことになるかもしれないけど」

「厄介って……津崎が言ってた怪しいストーカーのこと? 問題ないって! 何とかなるって」

「ま、まぁ、そうだよね。そうだよな」

「って言うか、津崎は危ない奴かも何かしたかもって言ってるけど、本当はその追ってきてる子って、君のことに好意を抱いてるんじゃないのか?」


 誰かに好かれている。その事実が本当だとしたら嬉しい。しかし、現実がそこまで甘くないと分かっている。


「だといいんだけどな……」

「絶対そうだ」

「ありがとね」


 ここまで他人を褒めてくれる彼といることだけでも喜ぶべきだ。そう納得している最中、彼は変なことを呟いていた。


「でも、まぁ……そこまで好意を持たれるのも悪くないかな」


 僕は自分でも意図せず、そこにコメントしていた。悪い癖だ。


「きっと、いるでしょう。同級生に」

「いるかなぁ」

「えっ?」

「いないと思うぞ」


 何だか考え込む姿勢に僕は驚いた。バレンタインデーでチョコを何十個も貰って、下駄箱が壊れそうなイメージなのに好かれているとは思っていない。まさか、付き合っている彼女がいるのにも関わらず愛されていないとか考えていないだろうな。

 怪しんでみる。


「いないって、そんなの分かんないでしょ……」

「まぁ、いたとしても、おれの好きな人じゃないからな。本当に好きな人と愛されたいよ」


 それは、ツン崎さんのことか。と心配になるも、同級生に関して否定していたことを思い出した。では、一体誰のことなのだろう。

 彼に怒られない程度に聞いてみる。


「……そういう人がいるの?」

「いるんだな。心から敬愛してる奴ってのが。もう、敬いたいだけじゃなくて、可愛すぎてもう困るんだな」

「いるのか……でも、誰にでも愛されそうな根木くんなら、大丈夫な気がするけど」

「それが愛されないんだよな。どんな手を尽くしても。同居はしてるってのに」

「えっ?」


 今日は何回価値観の違いに驚かされたか分からない。一緒に住んでいるにも関わらず、愛されていないとかもうよく理解できない。婚姻届けでも押されないと「愛していない」と判断してしまう……一人にでも、カフェラテ子さんに褒められただけで喜ぶ僕とはだいぶ考えが違うらしいな。

 そういう考え方もあると了承して、彼と付き合った方が良いみたいだ。彼は僕には考えられなさそうな、彼女とのエピソードを語る。


「本当、困るよ。こっちは愛されてるってのに、一緒に風呂にも入ってくれないし……小さい頃から一緒なんだけどなぁ」

「それって、幼馴染って奴? 全国のラノベファンが欲しいって思ってる奴?」

「確かにそうとも言うな。だから、恋愛感情位、持ってたっていいと思わないか? 誰にでも好かれる君がマジで羨ましい」

「いや、敵わないって君には」


 そう言うと、彼は眉を下げ、疑問だらけと言うような腑抜けた顔を向けてきた。本当に羨ましがっているのか……? それともからかっているだけなのか。陽キャの発言にある本当の意図をよく読み込めない。誰か、全国の陰キャのためにも陽キャ翻訳機を作ってくれたまえ。金なら出せない。心なら幾らでもくれてやるから。

 僕は一度だけ捻くれてみた。


「いいっていいって。君には津崎さんだってメロメロだろ?」

「ううん?」

「どうした? 何で、根木くんはそんなに不満そうな顔を?」

「どう見てもメロメロだとは思えないんだよなぁ。電話だってクラスのグループで入ってるみたいなものだし」

「きっと照れ隠しなんじゃないか?」

「いや、何か違うと思うんだな」


 それが本当なら、嬉しいかな。

 ……いや、何を思っているんだろう。ツン崎さんが例え彼を嫌っていたとしても、何も変わらない。世の中に男性が僕と根木くん以外いないという訳ではないし、そうだとしても好かれる自信はない。……いやいや、根底から何を考えているのか、自分で自分が分からなくなってきた。

 ツン崎さんはただの隣人だ。


「で、護衛はこの寮までで良かったんだろ? じゃ、これでおれはお役御免かな。何か面白そうなことが起きないかって思ってたけど、結局何もなかったな」

「ううん、付き合わせてごめん。朝のももしかしたら、何かの勘違いだったのかも……そもそも朝のものも二人で寝ぼけて何かを見間違えたのかもしれないし」

「朝の……?」

「それはVの……あっ、何でもない。ありがとね」


 Vtuberのことを口にしようとしてやめた。どうやら、彼の様子からしてVtuberに僕が告白されたことは言っていないらしい。ただ少女に追われている。それだけ伝えたのだろう。

 それに、ツン崎さんはもしかしたら見ている趣味を隠したいのかもしれないし。僕がVtuberに告白されたなんて言っても、到底信じてもらえてない可能性だってある。

 その上、今は彼に信じてもらうことで労力を使う訳にはいかない。

 一つ。キネネの考えていることを確かめるためにやりたいことがある。

 

 


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