第14話「アルバイター愛助は今日もトラブる(後編)」

 そこに女子大生らしき集団が入店していて。僕が酔っ払いの男にしていた指摘を聞かれていたのだ。彼女達はこの滑稽なやり取りを耳にしたのか大爆笑し始めた。

 酔っ払いの男は突然のことに酔いが覚めたのか、真っ青な顔をする。辺りを見渡し、肌全体が青白くなっていくようにも見えた。彼にも恥の感情があったらしい。この場にいられなくなって逃げていく。

 帰り際に捨て台詞を吐いていた。


「お、覚えてろよ!」


 僕はふと店員としての役割を果たすべく、「ありがとうございましたー」と声を掛けてしまった。それを聞いていた女子大生達がまたツボに入ったのか、笑っている。笑い過ぎて咳き込んでしまっていた人もいたみたいだ。

 当の被害者であったツン崎さんは細目になって、黙ってこちらの方を向いている。そこで思い出した。彼女も僕の下ネタを直で聞いてしまっているのだ。通報されかねない。いや、もしかしたら、彼女は僕をここで消し炭にしたいのかも、だ。「この野郎、なんてものを聞かせやがって。男子は皆殲滅せんめつじゃぁ」と。

 この事件以前での僕がツン崎さんに対するイメージはかなり偏っていたこともあって、本気で頓珍漢なことを考えてしまったものだ。

 

「ご、ごめん! 仕事があるから!」


 彼女に告げ、仕事途中の本を投げだしトイレへ逃げて行った。あの後は他の店員に何があったのかと聞かれるも、「ま、まぁ……毎度のことです」と言ったら気にも留められなかったから良かった。

 事件でツン崎さんと酔っ払いの恨みを買ってしまったが。

 二つ目のトラブルに関しては穂村さんとのものだった。と言っても、喧嘩とか、そういうものではない。

 コピー機の前でのこと。

 穂村さんがコピー機の扱いに困っていたのを見た僕が声を掛けたことがきっかけであった。


「どうしたんですか?」

「あっ、長谷部くん! 困りました……このコピー機、お金を入れたんだけど動かないんです。明日までに提出しないといけない書類があるんだけど」

「ううん……」


 コピー機のお金を入れる場所をポンと叩いてみる。お釣りのボタンを押しても、お金は戻ってこない。

 コピー機自体に変な指令が行っていないかと確かめようとしたその瞬間だった。


「あっ、コピー機が動き出しました!」

「良かった良かった」


 彼女が安心していたがために僕が目を離そうとしていたところ。彼女は出てきたコピー用紙を黙って見つめている。

 何か手違いでもあったのか、と。横からチラッと覗くと、その用紙にはグラビアアイドルの際どい写真がコピーされていた。「ええ……と、ええ……と」と困惑しまくる穂村さんからすぐさまコピー用紙を貰って、「ちょっと、返金しますのでお待ちください!」との対応をした。

 前にコピーした客のものを何故か出してしまったらしい。このコピー機は業者に頼んで直してもらったものの、予期せず衝撃的な写真を見てしまった穂村さんに傷は治癒するのだろうか。

 僕がもっとコピー機に対し、すぐ他の人を呼ぶとか、コピー機を使えないと断言するとか、真摯な対応を取っていればこうはならなかった。だから穂村さんがこちらに怒りを感じていてもおかしくはない。

 よくよく考えれば、僕は何度も酷いトラブルを起こしている。よくクビにならなかったなぁ、と自分を褒めたたえたい。

 三つ目の事件は、ちょっと不思議で印象に残っている。

 

「おい……ちょっとジャンプしてみろ」


 レジにいた時のこと。棚の影からそう言われたものだから、一回飛び上がる。


「どうしましたか? お客様」

「おい……うるせぇぞ」

「お客様……人に飛ばせておいて、それはないじゃないですか」

「黙れっつってんだ!」

「黙れはないでしょうっ! お客様! こっちは学校で疲れて数少ない労力使ってるんですから! 理由位、教えやがれくださいっ! でないと、ええとどうしましょう……」

「ま、待てっ! おいっ!」

「お客様! 待ちません! こちとらもうすぐシフトが終わるんですからっ! 気になったままになんてさせませんっ!」

「だぁあああああ! ちっきしょう! この野郎! この店で二度と買い物なんてしねえからなっ!」


 棚の影から高校生らしき男が走り去って、店から飛び出していった。


「はぁ、行っちゃった……」


 僕に何を求めていたのかが全く分からない。いや、そもそも、会話が成立していなかった気もする。

 一応、その不良に因縁を付けられていても、おかしくないと例に挙げておく。

 その三つ以外にも恨まれる筋合いはあるが。わざわざVtuberなんてものを遠回しに使って復讐をするかが疑問なのである。


「……キネネかぁ」


 結局疑問の答えは見つからず。キネネが僕に注目した理由は分からずじまいだ。もしも、ツン崎さんの復讐ではないかという予測が間違っていたとしても、心当たりがない。人に惚れられるようなことを無意識にするような人間であれば、中学高校とボッチではなかっただろうし。

 考えているうちに一日の講義が終わり、帰りの準備をする。大学の入口に来ると、ちょっと鼻の高いイケメンみたいな奴がやってきた。

 ちょっとだけドキドキさせられる。


「やぁ」


 僕よりスタイルが良く、女にもモテそうな男子。そんな陽キャっぽい奴が陰キャに声を掛けてくる理由としたら、今のところ一つしかない。


「ツン……いや、津崎さんの言ってた人ですか……?」

「うん、そうだよ」


 何か声もスカッとしている人だ。何か、もうこいつが裏で糸を引いてた黒幕じゃないかと思う位に優しい笑顔が似合う。

 男として会った時点で完全に負けた気がする。しかし、まぁ、納得もできる。


「ツン崎さんと先に電話とか交換してたんだし。当たり前だよな……ツン崎さんが彼を認めるのも分かる」


 きっと僕を含めた世の中の男子とは彼を違う地点に置いているのだろう。何だか悲しい。ただ、これは節理でもある。陰キャ男子は認めなければならない現実。

 そうは言っても、なかなか受け入れられない。カフェラテ子、つまりツン崎さんが好きなのはこういうタイプ。

 いやいや、Vtuberに幻想を見るところから間違っているのだ。恋愛相手でもない。ただの憧れだ。憧れがたまたま近くにいただけで、今までよりも仲良くなる訳ではない。

 

「でも……なんか悔しい」


 そう呟くと、彼は呆気に取られたような表情で首を傾げていた。


「さっきから、何をぶつぶつ言ってるんだい?」


 

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