第2章「キネネさんは運命を占いたい」

第13話「アルバイター愛助は今日もトラブる(前編)」

 大学近くのコンビニ「ルーゾン」で大学から帰ってきた後の約三時間をバイトに使っている。

 学校や寮に掛かるお金を親だけに頼ってはいられない。もっと自分でも働かないといけないと考えた所存である。

 仕事は商品を棚に出したり、レジ打ちをしたり。接客業があまり得意ではないが、給料を貰ってる身としては最大限まで頑張らなければならない。


「ありがとうございましたー!」


 声をハキハキ意識して、客が入ってきたら「いらっしゃいませ!」は忘れない。店長から言われたこともである大事なこと。それをもっと心掛けようと思ったのは、カフェラテ子さんが励ましてくれたおかげでもあった。

 バイトから疲れて帰った後にやっていた彼女の配信。僕はそこにコメントを入れたのだ。


『疲れたよ。マジでバイト難しい。客とはトラブルばっかりだし……何の役にも立てていないかなぁ』


 後から見てもだるい絡み方だった。慣れない仕事、面倒な客との話があったとしても、この相談の仕方はなかったと思う。

 しかし、その時にカフェラテ子さんはこう言ったのだ。


『長谷部さん。お疲れ様。学業もしているのにその上、お仕事なんて偉いじゃないですか。尊敬します! でも、トラブったり、自分がちゃんと働けているのか、心配なんですね。大丈夫です。そもそも、そうやって悩んでるってことは仕事に対してちゃんと向き合ってるってことだと思うので。それに、です!』


 僕はすぐさまコメントを打っていた。


『それに?』


 彼女は素早く優しい言葉とアニメ調の笑顔を僕に届けてきた。


『トラブってしまうのは、長谷部さんに貴方自信の信念があるからじゃないかと。しっかりやりたい。でも困ってしまうことがある、と。その信念をまっすぐ突き抜くことも大事です。ただ、です。ただ、お役に立ちたいとあれば』


 あれば……。僕は相槌を忘れて、彼女の話に聞き入っていた。


『あれば、笑顔でハキハキと行きましょう。そうすれば、周りの空気ももっと柔らかくなります。そしたら、もっと素敵なバイトライフが送れるのではないでしょうか。と言っても、そこまでわたしが偉そうに言えることではありませんが』


 すぐにコメントで『そんなことないよ』と送っておく。


『それなら、良かったです。長谷部さんなら大丈夫ですよ! では、今日の話題はお仕事の話にしましょうか? お仕事についてのお悩みや質問を募集します!』


 彼女のおかげでその配信では様々な悩みが紹介された。彼女自身、そのトラブルや問題をいきなり解決できる訳ではないけれど。集めてくれたおかげで自分と同じ悩みを持っている人や信念を持っていることが分かった。勇気を貰えた。

 おかげで今の仕事にもやりがいを感じるようになった気がする。何か大変なことがあっても、脳内でカフェラテ子さんが応援してくれるから、自信が出た。

 たまにその妄想をし過ぎて、お客の言葉が聞き逃しそうになったこともあるが。時々、そのことでツン崎さんに指摘されることもある。レジで彼女が買った商品を打っている最中だ。


「ちょっと何か気が抜けてない?」

「そ、そんなことないよ」

「妄想とかしてないわよね」

「うう……」

「してるのね」


 彼女の鋭さには完敗だ。こちらが変な表情をしていると、すぐ思考を読み取ってくる。女の勘なのか、それとも、ツン崎さんの特殊能力なのか。

 その時は確か、言い訳をしていた。


「ま、まぁ、そうだね……そりゃ、強盗が入ってきたら、どう対処するかなぁ、とか。色々考えない?」

「仕事中には考えないでしょ。やっぱ、子供ね」


 こんな時、カフェラテ子さんならば『凄いですね』と言ってくれそうなものだが。そう思ってレジ打ちの仕事をしていた。今、カフェラテ子さんがツン崎さんだったという衝撃的な事実を知ってからはどう考えるべきか。

 カフェラテ子さんがお世辞を言っているのか。ツン崎さんが思ってもいないことを言っているのか。僕は後者を信じたい。

 と、ここまで僕の日常を考えてみるが、こういった信念や態度で仕事をしていて、一切モテる要素も恨まれる要素も見当たらない。変な態度や笑顔があったから、僕を恨んだとしても、ストーカーになる必要はないのだ。シフトも曜日や夜の決まった時間に入っているのだから、そこで文句を言いにくれば良い。

 と、そこまで考えて変なことを思い出した。恨まれる覚えが三つあった。

 一人目は酔っぱらった客とツン崎さんがコンビニにいた時だった。僕が本の品出しをしている間にツン崎さんがその客に絡まれたのだ。


「おい……今、ぶつからなかったか?」

「ぶつかってませんよ」


 いきなりツン崎さんにいちゃもんを付けてくる酔っ払いの男。近くで、ツン崎さんがその客にぶつかった音は聞いていなかった。完全に被害妄想であろう。トラブルをこれ以上は回避したい、ツン崎さんにも嫌な思いはさせたくないなと酔っ払いに近寄った。


「ちょっと落ち着いてください」

「おい、店員が入ってくんなよ! おれっちの話の途中なんらぞ!」


 何か厄介なことになる前にツン崎さんに視線を送っておく。「取り敢えず、逃げて」と。彼女はその場から素早く立ち去ろうとするも、がしっと腕を掴まれていた。


「やめてくださいっ!」


 彼女は振り払うも、その男性はぶつかったことに対する謝罪の請求をやめなかった。


「じゃあ、謝れ!」


 この場合、店員としてどうするべきか。

 一、店長を呼ぶ。

 二、警察を呼ぶ。

 二つのことが考えられるだろう。ただ、僕は違った。男とツン崎さんの間に行き、すぐさま膝まづいていた。


「すみません! 僕が謝りますから! どうか!」


 そうするとツン崎さんから声が飛んできた。


「ちょ、ちょっと! 何でアンタ! ワタシがやってないのに、謝っちゃうの!?」


 僕はすぐさまそこに違うと訂正を入れた。勿論、頭を床に擦りつけながら。見えない笑顔で。意味がなくても胸を張って。


「あっ、ツン崎さん、違うって。そんなこと言ってないでっ! 時間稼ぎしてんですから! あっ、時間稼ぎって言っちゃった……」


 来店していた人達は皆呆れているだろう。自分でも自分が何を言っているのだろうかと思いながら、上を見た。酔っ払いの客が履いているズボンのチャックがだらーんと開いている。

 何だみっともないと声に出していた。当然、店員として、できる限りの丁寧語を使って、だ。


「あっ、お客様見えてますよ……えっと、すみません! お客さんの子供がこちらに挨拶をされそうに」

 

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