第12話「デレ崎さんは通学路を謳歌する(後編)」
ツン崎さんもとい、デレ崎さんは三毛猫の姿に心を奪われていた。彼女はその猫を撫でるように「もふもふ、ふわふわ……」と手を動かしている。その奇妙な形に猫は命の危険性を感じたのか、すぐさまこちらへと逃げてきた。一応人間慣れはしているのか、僕に撫でられるのは平気らしい。
「いい子だな……」
「ええ!? にゃんで! にゃんで、ワタシの元に来てくれないのよ! メスならメス同士仲良くしようにゃあ!」
何か「にゃ」ばかり発言しているものだから、僕が反応してしまった。
「ちょっと強引にゃ」
「何で、アンタが答える訳?」
「って言ってもねぇ。この子の代弁をしただけだから」
「うっそ……何で猫の言葉が分かるのよ。猫飼ってたの!? もふもふ堪能してたの!? 場合によってはさっきの呪術系Vtuberキネネにお願いして呪ってもらうわよ!」
「キネネから身を守るために、通学してるんじゃないっけ、僕ら」
多分原因は力の入り過ぎだ。猫も優しくなでていれば、喉を鳴らして気持ちよさそうにしてくれる。僕は彼女にゆっくりその子を差し出した。背中を擦りながら、そっと、そっと。
「ちょっとだけだから、我慢してにゃあ……」
やっと可愛い動物を撫でることができたデレ崎さん。猫に見せようとする笑顔は今まででどのツン崎さんのものより素敵な気がした。
そんな中、ふと冷たい感触が背中を伝う。物理的に毛虫が樹から落ちてきた、とか誰かに氷を突き付けられたとかいう
猫を逃がしてから辺りを見回した。ツン崎さんの方は目を輝かせて「えっ、まだ何かいるの? わんちゃん?」と愛玩動物の存在を期待しているのだが。全然違う。僕達に対する強い感情、だ。
「津崎さん、何のために一緒に通学してたのか忘れてない? 何か厄介なことが……」
「えっ、そっち!?」
「そっちそっち。早くあっちの世界から帰ってきて」
彼女は元の表情に戻る。警戒している厳つい表情。彼女は後ろを見て、一人小さな背格好の少女がこちらに来ていることを察知した。
「……あの子じゃない? じっとこっちを……」
顔は帽子に隠れていて全く見えやしない。ただ薄い黒の髪が帽子から漏れ、胸が大きいところから女の子だと言うことは分かった。
「しかし、心当たりがないんだよな。その髪の子に恨まれた覚え」
「何言ってるのよ。さっきも言ったけど。人生、どんなことで恨まれるか分かんないんだから。事実は小説よりも奇なり。現にこうして、アンタが女の子に追われてるんだから、何があってもおかしくないでしょ!」
「ま、まぁ、そうだけど」
「きっと、キネネの配下とかじゃないかしら。キネネが差し向けたか、それともキネネの信者が勝手に動いたか」
「うう……そうなの……?」
どちらか、分からない状況で僕は息を呑む。本当にあの少女が僕に敵意か何かを向けているのだろうか。考えている間にツン崎さんは僕に指示をした。
「走るわよっ! 捕まったら、何をされるか分からないし!」
「わ、分かった!」
「もうアンタを誰にも渡しはしないっ!」
「えっ、一回僕を誰かに渡したことあるの?」
「あっ……いや、まぁ……そのなんていうか。勢いで言ったと……あっ、そうだ! 前に蚊が狙ってたから、アンタの部屋の方にいけって、血を売ったかなぁって」
「酷い! そんなことやってたんだ」
「とにかく、今は走るわよっ! ほら! ちゃっちゃっと走る!」
二人で大学まで全力疾走。辿り着いた頃には息切れどころではなく、何度か咳き込んでしまった。彼女がそんな僕の背中をボンッと叩き、「大丈夫なの?」と乱暴に聞いてきた。いや、今の一発で更に苦しくなったような……気のせいか。
落ち着きを取り戻してから、僕は彼女と今後のことを相談した。
「まぁ、今は良かったとして。帰る時にまた狙われないといいけど」
「ううん……困るわよね。でも、こっちも講義の時間が違うし。一緒の時間に帰るってことはできないわよね。アンタ、誰か仲の良い男友達とかいないの?」
いきなり、ぐさりと来るところに彼女がもう一度ボソッと呟く。「あっ、いないんだっけ」と。その話、ツン崎さんには伝えた覚えがないんだよな。カフェラテ子さんに教えた情報だ。
まぁ、それはどうでもいいとして。
一緒に帰る人について一つ提案をした。
「隣の穂村さんに頼る……?」
途中で言ったところで彼女を危険に混ぜる訳にはいかないと考えて、やめようとしたところ、彼女は焦って僕を止めていた。
「ダメダメ! それはダメ! アンタみたいなのといたら、彼女が凄い危険な目に遭うわよ! 体育とかまぁまぁ、得意でアンタと同じ寮のワタシだから何とかなるだけであって!」
「ははぁ……うん」
彼女の圧に押され切る。途端に彼女はスマートフォンを鞄から出して、メールを打っていた。
「取り敢えず、ワタシの同級生で融通が利きそうな男子がいるから、その子にお願いしたわ。通学路は同じルートだし。アンタがトラブルに巻き込まれないようにはしてくれるわよ」
「あ、ありがとう」
「ついでにほら!」
スマートフォンに表示されているQRコードを見せつけてくる彼女。何を意味するのか分からず、呆然としていたら、「スマートフォンをアンタも出して」と強要されてしまった。
そこでメールアプリで繋がろうとしている彼女の意思に気が付いた。こんなことをやるなんて高校生の時にいた友人らしきものとのやり取りだけだったから、すっかり忘れていた。
彼女は利点を語る。
「これで、オッケーでしょ。何かあったらすぐさまワタシに相談するのよ。いい? 助けてほしくないとか、自分なら大丈夫とか絶対に思わないこと。きっとアンタの困ってるその状況よりはマシな方にできる自信があるから」
「いいの?」
「いいわよ」
「じゃあ、今日の昼食は何にするべき?」
「学食のオムライスにでもしときなさいっ! って、そうじゃなくって、キネネとかVtuberについての相談よっ!」
「了解」
「あっ、後、ついでに。今日も夜は忙しいから」
僕は頷いて了承した。同時にスマートフォンがピコッと鳴って、二人が繋がったことを教えてくれた。
同級生の女子とこんな本格的に繋がったのは初めてかもしれない。彼女の気遣いが嬉しい。心を躍らせながら、講義が始まるであろう教室へと向かうことにした。
「じゃ、津崎さん!」
「いってらっしゃい。気を付けなさいよ」
一人になってから、考える。一体、何がキネネの好きに繋がったのだろうか。僕を追ってきた少女の髪、何だか見覚えがあるような、ないような。
他の人と僕、繋がるとしたら、僕がせっせと働いているコンビニのバイトが挙がる。ここ最近、何か変わったことがないかと考えることにした。
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