第11話「デレ崎さんは通学路を謳歌する(前編)」

「もう遅い! 狙われてるって自覚、アンタあるの!?」


 寮の前で待っていたツン崎さんは準備をしてきた僕を非情に高い声で𠮟りつけてきた。


「いや、狙われてるって言ったって……家ん中まで用心しないとダメ?」

「ダメに決まってるでしょ! アンタがここで襲われたら、事故物件になっちゃうのよ!」

「なんか、心配のベクトルがぶっ飛んでるんだけど、僕の心配はしてくれないの!?」

「す、少しならしてあげてもいいかもね……昨日、絆創膏貰っちゃったし……とにかく、ちゃんと用心しないとよ! 油断禁物!」

「は、はい!」


 そうだ。ここから大学までほんのちょっと距離があり、その中にはかなり暗い小道もある。前から、後ろから、もしかしたら空からの襲撃も予測する必要があるはずだ。ツン崎さんがカフェラテ子さんであれば、本気で視聴者である僕を守ろうとしているであろう。決しておふざけなどではない。

 僕が意気込んでいると、突然ツン崎さんがしゃがみ込んだ。敵襲だろうかと僕も共にしゃがみ、彼女に事情を尋ねてみた。


「な、何があったの!? 大丈夫! あっ、もしかしてお腹が痛いとか」

「うるさいわねっ! 静かにしなさい!」

「あっ、ごめん!」

「静かに、静かに!」


 僕は体に力を入れつつ、辺りを見回した。しかし、そこには朝の風景しかない。大学生が歩き、スズメがチッチッと鳴いているだけだ。近くの建物からスナイパーがこちらを睨みつけていたり、暗殺者が凶器を持って僕を探していたりする様子はない。

 疑問に思っていたら、彼女が小さい声で注意をしてきた。


「アンタ、目、付いてるの?」

「って、言ったって、分かんないよ。敵は?」

「はっ? 何のこと?」


 それは僕のセリフなのだが。取らないで頂戴と頼む前に彼女は地面を指差し、そこそこと言ってくる。


「津崎さん……? 何を見てるの?」

「だから、このウルウルした目が分かんない!? この小さな体のペタペタ歩くこの子!」

「……ああ、こいつのことか」


 ニホンカナヘビのことを彼女は指していたのだ。てっきり、敵か何かに警戒していたのかと思っていた。そうでなく彼女はこの可愛さに骨を抜かれていただけ、と。

 確かに小柄な体に手足が可愛らしい。僕は一方の手で奴の逃げ場を塞ぎ、もう片方の手の指でちょんと尻を押す。すると、奴は焦って手の上に乗ってしまった。カナヘビも自分の選んだ行動に驚いて戸惑っている。

 ただ、本当に驚愕していたのはツン崎さんだった。


「アンタ! そんなことできるの!?」

「まぁ、昔は暇って理由で近くの森や林に一人で散歩に出かけてたからね」

「そうね……ぼっちのやりそうな……じゃなかった。す、凄いわね」


 彼女は少し何か変なことを言いかけたが、その後に珍しく褒めてくれたから良しとしよう。僕はえへっと笑って、彼女の方に近づけようとするもカナヘビの焦りようを見て、逃がしてあげることにした。

 彼女は少々惜しいと言うような顔を見せていた。


「ご、ごめん、触りたかった?」

「ああ、そうじゃないの。大丈夫。ってか。ワタシが触れようとすると、ついつい逃げちゃうのよね。中学とか高校の時とかのみんなは、ワタシの猫みたいな目がいけないって言うのよ! 確かにそうかもだけど……でも、でも……」

「あれ、やっぱり、触りたかったの?」

「本音を言えば、ちょっとね。今度は触ってみたいな」


 意外なことを知って、僕は心の中で大きな声を出していた。まさか、ツン崎さんは動物に対してデレる要素があるとは。これではツン崎さんではなくて、デレ崎さんだな。なんてどうでもいいことを考えていたら、カフェラテ子さんの言葉を思い出した。


『わたし、ワンちゃんとかニャンちゃんとか、大好きなんですよ。ええ、もう動物とか、鳥とかも。あの子達って癒されるじゃないですか。ペットを飼っている人、ほんとっ、ありがとうございます! その子達を幸せにしてくれて、本当にありがとうございますっ!』


 彼女が動物好きだと公言していた記憶があった。やはり、カフェラテ子さんはツン崎さんであったのかと今回の件で思い知ることとなった。

 そのついでにツン崎さんの動物好きについて、もっと知りたくなった。


「ねぇ、津崎さんは動物とか飼ってたの?」

「それがね。親が動物嫌いでね。残念ながら。だから昔は原っぱとかでずっと虫とか、猫とか追い掛けてたなぁ。猫ならワタシと同じ目なんだから、逃げなくても良かったのに」

「……そっか」


 その質問から彼女は自分のことにコンプレックスがあるのだと言っていた。確かに彼女には独特の威圧感みたいなものが存在している。他者を引き付けないような気高い空気があるような。けれども、違う。

 一昨日からの交流で、更に彼女が勘違いされやすいような人だと言うことが分かった。誰かを思うために機敏になって。それに力を入れてしまうから、顔まで怖くなる。ただ、今は彼女に指摘できる資格がない。「息を吸って、もっと緊張しないで」と言うにはまだまだ偉さが足りない。

 彼女の方をずっと見ていると、ハッと我に返ったらしく、恐ろしい顔で僕に詰め寄ってきた。


「ちょっと! 今のはイレギュラーだからね! その、あの、尻尾をちょっとふんじゃったかなぁって思ったから、気になってしゃがんだだけで。そ、そんな、好奇心が旺盛で止められないとか、そういうのじゃないから! 確かにカナヘビは可愛いけど、寝転んで遊びましょってやるような安易なワタシじゃないから! 誤解しないで! 後、これ、誰にも言わないように!」

「誰にも言わないようにって言っても、何人かに見られてたような」

「聞かれたら、転んだとでも言っておいて! 絶対に変な顔で動物を見てたなんて言ったら、どうなるか分かってるわよね。分かったら、返事は!?」

「は、はいっ!」


 彼女が軍の教官みたいな反応をするものだから、つい手を後ろに組んで軍人らしい声を出してしまった。他の大学生が「何やってるんだ、こいつら」なんて視線を向けてくる。「まさかカツアゲされてるんじゃ」と不安がる人達もいるようだが、僕は大丈夫だと笑顔を使って伝えようとしたら、不気味だったらしくサササと逃げていった。

 さて、傷付きそうになったことはともかく、気を取り戻して。大学に向かおうと思っていたところ。

 ツン崎さんはブロック塀の上で寝ている猫に話し掛けていた。


「にゃあにゃあ……にゃあ、ふにゃあ、触らせてもらってもいいかにゃあ……?」

「ツン崎さん……じゃなかった。津崎さん、毎朝こんなことしてるの?」


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