第10話「ツン崎さんは隠してる」

 僕は火をすぐさま止めることを一番に考えた。豪華な肉が見るも無残な焦げの塊になることは避けたかったから。

 それから一旦深呼吸。夢でないことを確かめるため、自分の頬をつねる。痛いし、画面の向こうにいる狐耳の少女は僕のことを言い続けていた。


『長谷部という少年、いや青年かのう。彼は実に勇ましくなぁ』


 同時に画面では一斉に僕へ対するアンチコメントで満たされていく。『その不届き者は誰だっ!?』だとか、『許さん許さん。嫉妬の業火に焼かれてしまえ』だとか。

 正直、僕も理解はできていない。

 彼女とコメントのやり取りをしていたのであれば、分かるが。このキネネという狐耳っの配信にはコメントどころか、訪れた覚えすらない。何故に僕が告白相手に最適だと思われたのか。

 ツン崎さんがいう「ドッキリ」企画だとしても、全く分からない。そもそも僕がその配信を見ていなかった場合、ドッキリとして成立もしていない。彼女ならドッキリ企画のことを詳しく知っているのだろうかと尋ねてみることにした。


「ねぇ、ツン……津崎さん。これって企画なんだよね」

「えっ?」

「いや、ドッキリなんでしょ。結婚してってVtuberが言う……」

「ワタシの情報によると……このVtuber、ドッキリをやる人には思えない」

「えっ?」

「彼女の場合だけはドッキリじゃない……どういうこと?」


 僕はその言葉の後に、ツン崎さんがVtuberのドッキリ企画に絡んでいて無理やり驚かせに来ているのかと思っていた。彼女ならばうまく僕がキネネさんの動画を聞くよう、誘導できたから、ね。

 しかし、よくよく考えると、ドッキリならば撮影している道具があるはずだ。ここには隠しカメラすら見当たらない。

 それにツン崎の様子がどうもおかしい。


「どういうことって、僕のセリフだよ……えっ、何? 何でそこまで驚いてるの?」

「ええと、その……ほら、ワタシが前にドッキリで言った時はその後にすぐ解説があったのよ。これはドッキリでーす、みたいなっ! ほら、アンタのところもなかった?」

「ああ……」


 確かにカフェラテ子さんが告白ドッキリをした時は、謝罪のメールが送られてきた。そう考えると、今回の告白は非常に奇妙だと思える。

 視聴者のコメントが嵐のように流れていくのに対し、キネネさんは気にしていない。夢中になって僕のことばかり喋っているのだ。


『運命の赤い糸と言うのは、知っておるかな? 酷く細く見にくい糸ではあるものの、ある時、それがくっきり見えるのじゃ! 長谷部という男はやる時にやるんじゃよ。それに助けられたことが幾つあったことか』


 その上、心当たりがない。助けた覚えなんて、全くないのだから同姓同名か。そう思ったら、突然、彼女は僕の身体的特徴や知識まで褒め始めていく。


『身長は百七十。本の知識について強くもあり、それでいて……』


 ツン崎さんはすぐさまスマートフォンのスイッチを消した。顔が少々白くなっている。予想外のことが起こり、非常に混乱しているらしかった。

 彼女は火も付いていないのにフライパンの上にある肉を動かし、焼いていた。しかも自分で声を出しながら、だ。


「ジュー、ジュー、ジュー……」

「ちょっとちょっと、落ち着いて津崎さん!」

「ビチャッ、ジュー、ジー」

「ちょっと壊れないで! 後、焦げ始めてる音もしてるよね!?」

「はっ!?」


 彼女は僕の声で正常へと戻すことができた。ツン崎さんは点火して、この事態について僕へと疑問を投げかけた。


「こっちのことに対しては何か心当たりはないの?」

「こっちもってどっちもないよ。逆に聞きたいんだけど、何でドッキリのことは知ってるの?」


 彼女に質問を投げ返してから、少し無神経だったかなと反省する。知ってる理由は明白だ。ツン崎さんがカフェラテ子さん、だから、だ。

 どうやら、その正体を僕に話さないことから隠したい事実であることが考えられる。裏の顔が見られたくない人は世の中にうんといる。彼女の気持ちを尊重し、バレていることは口にしないでおこう。そう。僕は何も知らない人として振る舞うしかない。

 と言いたいところであったが、彼女は真っ赤な顔をして更に大きな隠し事をし始めた。


「いやね。ワタシはまぁ、友達にVtuberの治安を取り締まる人がいてね。それで知ってるのよ! 何か悪い!?」

「い、いや」

「じゃあ、文句ないわよね!」


 大ありだが口にしないだけ。嘘だと言うことは彼女の微妙に上へと動く目で分かった。そもそもそんな言葉を聞いたことがない。

 彼女はそんな虚言を誤魔化すようにできた肉を皿の上に乗せ、「ちゃっちゃと食べちゃいましょ!」と叫ぶ。

 朝ごはんの準備をすぐに終わらせ、肉を食べさせてもらう。

 こってりで熱々な肉のメニュー。歯応え満点でたれのコクが口の中まで染み渡る、美味しさ。ただ、気になるのは隣に座って食事をする彼女の不安定な様子だった。時々外を見たり、上を見たり。

 彼女を落ち着かせるためにも、会話を試みる。


「ツン崎さん……」

「あのさ、アンタが結局、狙われてるってことでしょ?」

「まぁ、うん……そういうことになるね」


 だから、という感じで彼女はおかしな発言をした。


「通学とかは一緒に行きましょ」

「えっ?」


 何か今、木刀で頭をどつかれた位の衝撃が襲ってきた。女子から登校をお願いされることなんて……しかも、よりによってツン崎さんが頼んでくるとは予想していなかった。


「学校に一緒に行きましょってことよ!」

「そ、それは分かってるけど! どうして!?」

「だって、さっきのキネネ……もしかしたら、アンタに恨みがあるかもしれないじゃない」

「え……何で? 逆じゃない? 結婚しようって言ってたけど」

「そんなの信じ込んでる馬鹿はアンタだけよ。絶対違うでしょ」


 僕は目を何度も開け閉めしながら、何が違うのか尋ねてみる。


「えっ……」

「つまるところ、アンタは恨まれてストークされてるのよ。個人情報を全部暴き出して売る気か、それとも、殴り込みに来るか。いや、結婚のことを信じてるアンタを呼び出し、後で絶望させるシーンを動画に撮るのかも」

「ええ……何か、すっごい……僕、何かやらかしたかなぁ」

「知らないわよっ! それに隣人だったから巻き込まれるって言うのは、ごめんよ。きっと彼女はアンタのストーカーになってるから……このワタシがとっちめてやめさせてやる! 言っとくけど、一ミリたりともアンタのためじゃ……ないんだからねっ!」


 そう言い切った彼女の頭からは、熱々の肉と同じ量の湯気が立っていた。

 

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