第9話「津崎さんは嫉妬する」

 さて、今朝もツン崎さんの料理に付き合うため、早起きをする。まだまだ眠いが、これを逃してしまうと、彼女に叱られることとなるだろう。

 ただ玄関まで向かうものの、扉が開けられなかった。

 ツン崎さんがカフェラテ子さんの正体だった。この真実を知って、どんな顔で彼女と挨拶すれば良いのか分からなくなってしまった。

 今まではツン崎さんの厳しさとカフェラテ子さんの優しさは全く違うものだと思っていた。しかし、今は違う。彼女は同一人物。厳しさの裏に優しさを隠し持っていることが分かってしまう。

 平然と聞いていた彼女の文句がカフェラテ子さんによる一種の優しさだと思うと、照れること間違いなし。骨抜きになってデレデレしていたら、ツン崎さんに幻滅されかねない。

 だけれども、自制が効いてくれないのだ。彼女の顔を見ると、その顔にカフェラテ子さんを思い浮かべることになりそう。


「……うう……何だ、この気まずい感じは……」


 とにかく彼女の顔や眼を見ないようにすれば。その意識で以前、格好つけるために買って、道行く人に笑われたサングラスを掛けることにした。

 ただ彼女とばったり廊下ですれ違って、挨拶代わりと言わんばかりに一言投げられた。


「似合ってないわよ」

「辛口なようで。うん、自分でもわかってた」


 サングラスを秒で外すことにする。最初の挨拶で目を合わせられないところはクリア。次は違うところに視線を当ててみる。彼女の手にある今日の献立、だ。ビニール袋の中身を遠くから覗いてみると、信じられないものが入っていた。

 思わず「えっ」と声を上げてしまうもの。


「どうしたのよ。近所迷惑な声は出さないで」

「い、いや……だって……」


 入っていたのは、朝食には似つかわしくない分厚い肉。彼女は普段はこんなものを食べているのかと尋ねてみると、何故か彼女は顔を紅くした。

 

「だ、だって昨日か……」

「か……?」


 何かを言いたいようだが。彼女はただただ口をパクパクさせるだけ。僕が見つめると、彼女は溜めていた砲弾を撃つが如く、叫んでいた。


「か、課題は終わったのかって聞いただけよ!」

「ああ、まぁ、だいたいは……」


 本当はカフェラテ子さんとツン崎さんが本物か確かめたいだけの嘘でした。なんて言える訳もなく、僕は口実を作る。

 すると彼女はムスッとした顔で僕を睨みつけた。


「へぇ、そうなんだ……」

「ご、ごめん……昨日は迷惑を掛けたよ」

「別に。普段から静かに暮らしているから、問題ないし」


 何だか機嫌が悪い。単に課題をやっていたという理由で怒るとは考えにくい。となると、理由は明白。

 穂村さんと会話をしたり、廊下を歩いたり。ツン崎さんは部屋で小さい音を心がけていただろうから、僕の行動が丸聞こえだったのだ。

 ここは謝るべき。階段を降りる彼女の後をせっせとついていく中で謝罪の言葉を述べた。


「ごめん……本当に。課題の方は思ったより早く終わって。ツン崎さんに言うべきだった……」

「何で、ワタシに言う必要があったのよ。謝るのなら、贔屓している配信者さんにしなさいよ」


 そこでピンと来た。彼女はカフェラテ子さん。ツン崎さんは僕が課題でない理由で配信に来なかったことを怒っていたのか。

 そうなると、彼女を怒りを治める方法は一つ。

 

「次は必ず行かないとね」

「まっ、そうしてあげなさいよ」


 言葉一つだけ。たった一言だけで何だかツン崎さんの足取りが軽くなったように見えた。この行動でやはり、カフェラテ子さんがツン崎さんなのだと実感させられる。

 彼女は僕に見てもらうことが幸せになるのだろうか。

 いや、待て。カフェラテ子さんは言っていた。


『そんな人とわたし、結婚したい位です! 愛助くんみたいな人』


 彼女の言葉が繋がるとなれば、彼女は僕のことが……? そう思った瞬間、カフェラテ子さんが喋ってしまった後にやってきたツン崎さんの言葉を思い出した。

 

『みんながみんな連携して何かの企画をやってるんでしょ』


 ツン崎さんの発言を考察するに、彼女はVtuberの一員として他の人達からドッキリ企画を仕掛けようと考えていた訳だ。彼女からしたら、常時ボンヤリとしている僕がドッキリの標的として最適かもしれないと考えた。だからドッキリ企画が始まる前に誤って、僕に嘘の告白をした。

 一応、辻褄つじつまは合っている。

 自分自身で彼女の奇行に納得して、彼女の後を歩いていく。


「遅いわよ。何だらだらと歩いてるのよ」


 文句を言われるも僕は彼女の顔を見ず、「ごめんごめん」と謝罪で誤魔化した。その後は何もなく食堂に到着して、昨日と同じ役割分担。

 僕は掃除で彼女が料理。

 彼女はその中でスマートフォンを取り出し、キッチンの窓際に置いていた。音が聞こえてくることから、動画を視聴しているらしい。なるべく彼女の方を向かないようにしながら、話してみる。


「何かのレシピを見てるの? 最近は声真似料理動画とかが流行ってるから、それでも参考に?」

「ああ、あれはあれで面白いけど……」


 違うみたいだ。聞こえてくる声は『じゃじゃーん! 今日の占いを発表するのじゃー』と元気な女の子のもの。料理ではなく、単に占いを見ているみたいだ。


「ツン崎さん、占いの動画を?」

「まぁね。生配信でやってるのよ。こんな朝っぱらからお疲れ様って感じよね。このお狐様系占い師Vtuberキネネって子」


 言われてから、姿だけを思い出した。紫色の着物姿に狐の耳を付けた金髪の可愛く小さい女の子だったか。配信者としてのフォロワーが百万位いるとかいないとか。確か、それ位の人気があったはずだ。

 ツン崎さんはVtuberを見て、トーク力や魅力を鍛えているのだろうか。掃除をしつつ、微笑ましく思っていた。

 幸せだ。

 大好きなVtuberの裏側にある努力。綺麗な姿を見ることができて、自然と僕の顔がにやけていた。ただ、顔を緩ませ過ぎると彼女に引かれかねないので程々にしておいた。

 フライパンからジュージューと油に熱の加わる音が聞こえてくる。同時に占いの結果発表まで聞こえてくる。


『今日の結果発表! 今日から何日間か地球史上最高にハッピーな人を紹介してあげるのじゃ!』


 それにしても規模が大きすぎるような気がする。一体、どんな最高級の幸せが訪れるやら。耳をジャンボにして聞かせてもらった。


『長谷部愛助! 同じ名前の人間はわっちと相思相愛になれると出ておる! これはもうたまらん位の幸せが訪れるじゃろうなぁ!』


 僕の頭がフリーズした。同時にツン崎さんは肉を乗せたフライパンを火に掛けたまま、固まった。そしてその硬直が解けるか否や、動画が流れているスマートフォンを凝視していた。

 

 

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