第7話「穂村さんはお世話が大好き」

 穂村さんは僕が機械に視線を向けたことに気が付いた。どうやら非常に知られたくないものだったらしく、手を上下に振りながら叫び始めた。


「い、いや、ですねぇ!? こ、これは、これはこれは、これは、その……その……えっと、その……パソコンです」

「知ってるよ。一目で分かるもん。何か見ちゃいけないものだった? もし、そうだったら忘れておくけど」


 彼女は眼をうるうるさせながら、こちらに上目遣い。何故か姿勢も下がっている。


「いや、そうじゃないんですけど。何だか、恥ずかしくて……えっと、その、これで小説を書いてるんです」

「小説?」

「そ、そうなんです……ううっ、変ですか?」


 彼女は低姿勢のまま、後ろに下がっている。ただ悪い趣味では全くない。むしろ、それがステータスになって、穂村さんの魅力をアップさせていると思う。


「文学少女でいいじゃん」

「ほ、本当ですか?」

「うん。想像を言葉にできるって凄いことだよ。それだけで僕は作家さんを尊敬するな」

「あ、ありがとうございます……! えへへ、褒められたら褒められたらで恥ずかしくなっちゃいました」


 何だか、そんな彼女を見てると言ってみたくなった。からかいたい訳ではないが、反応を見てみたい。

 それに彼女の作品に興味があるから、一つの言葉を放ってみることにした。


「あのさ、よかったら、作品を見させてもらってもいいかな?」


 なんて言ったら、彼女は焦ったのか部屋をぐるりと一周してからベッドの方へと倒れ込む。僕に下半身を向けて、枕を頭の上に置き、何度も「どうしようどうしようどうしよう」と騒いでいる。

 彼女に余計なストレスを与えないためにも、僕は告げておく。


「あ、別に……無理ならだいじょう」


 「ぶ」の単語で締めくくろうとした矢先、彼女は大きな胸を揺らしながら、こちらに顔を向けてきた。


「い、いや、ちょっと、読んでほしいかもです。文学好きの意見は知っておきたくて……でも迷惑とかだったら、困るし……でも、読んでほしいし……悩みまくりです……」

「ああ、問題ないって。感想の程度はどの位に?」

「思い切り、ぶん殴ってください!」


 穂村さんの叫び声が窓から飛んでいく。風にのって、外から飛んできた声。「あれ、ヤバくね? 通報した方がいいか?」。何か酷く勘違いされているらしいが、大丈夫であろうか。問題ないということにしておこう。そうしよう。

 興奮して息を切らした彼女を落ち着かせていく。


「穂村さん、一旦、深呼吸」

「あっ、今の実際にってことじゃなくて、酷評でいいですってことの例えでして!」

「分かったから。分かったから。落ち着かないと」


 彼女に深呼吸をさせてから、彼女が書いている小説の情報を教えてもらう。ネットに投稿はしておらず、文書ファイルにまとめてあった。だから、メールで送ってもらえれば、簡単に読める。

 地味に今、女子と連絡交換をしたのだが。同級生の男共には見つからないようにしよう。「穂村さんと交際しているのか」と勝手に勘違いされ、嫉妬の海に沈められてしまうだろうから。

 僕は彼女の許可を貰い、話を読ませてもらっていく。

 物語はヒューマンドラマ。病弱な少女が自分の弱さに向き合いながら、生きていくストーリー。文章も意外と軽く、笑いあり、ちょっと涙ありでサクサク読めてしまう。彼女には酷評を頼まれたものの、なかなか難しい。厳しく批評できる場所がなかなか見つからないのだ。

 「面白い」の一言をまずは伝えよう。そう思い、近くにいる穂村さんの方へ顔を向けようとした。だが、彼女の姿が見当たらない。


「あれ……穂村さん?」


 彼女は玄関の方からひょこっと顔を出してきた。


「ジュース、飲みます?」

 

 どうやら、そちらに冷蔵庫があるらしい。僕は遠慮しようとした。


「ううん、人んちにお邪魔してるのに、そんな、悪いよ」

「いえいえ、読んでもらってるんですから、悪いも何もありませんよ。飲んでいってください飲んで飲んで」


 ただ彼女はこちらの意向など気にもせず。びんのオレンジジュースを持ってきた。あまりにも古風な形。驚いて彼女と彼女が手にしていた瓶を見つめてしまった。コメントもしていた。


「見掛けないね……何か、民宿とかで出るみたいな」

「そうですか?」

「うん。よく見るのは紙パックか、缶か……」

「そうなんですか……まぁ、自分はこれが好きなんですよ」

「へぇ……」


 彼女が喜んでいるから、いいかと僕は貰ったコップにオレンジジュースを注いでもらった。飲んでミカンの後味を楽しむ間に彼女は次の行動に移る。

 肩をもみ始めたのだ。


「硬いところはないですか?」

「ちょっと待って。何で、そこまでもてなしてくれるの? 大丈夫だよ?」

「いえいえ。自分の小説を読ませているんですから、それぐらいのことは……」

「いやいや、読ませてもらってるだけでも十分なもてなしだと思うんだけどな」

「そ、そうですかぁ……背中も洗い流したかったのに……」

「えっ?」


 何か、今ちょろっと変なことが聞こえてきたような。彼女はすぐ、「何でもないですよー!」と誤魔化してしまった。本当に何でもないのなら、良いのだが。

 今度は何をするかと思えば、食事の話を始めてきた。


「あ、あの……! それより、ごはんは済ませました?」

「まぁ、サンドウィッチをちょっと」

「足りなそうですね。作り過ぎちゃったので、食べてもらえませんか?」


 今度はお願い系できたか。彼女は度々、僕に丁寧な対応を心がけてくる。居心地はよいものの、彼女に悪い気がして落ち着けない。

 ただ、今度は彼女も「一緒に食べさせてください」と言う。つまりは夕食を一緒に片づけてくれとの本心から願いなのだろう。ちゃっかりしてる自分を前に押し出し、夕食をいただくことにした。

 彼女が作る料理。

 鼻歌を口ずさみながら、彼女は大盛りのカレーライスを持ってきて僕の分と彼女自身の分を床に置く。

 彼女もまた料理の腕が良いらしい。見掛けもばっちり。意外にもこの寮に住む人々は料理が得意らしい。


「できないの……僕だけなのかな」

「どうかしました?」

「い、いや、何でもない。じゃあ、貰うね」


 香りもよさそう。油断して、カレーを口に入れた途端だった。口の中に熱いものが入り、舌に痛みを感じた。

 そのまま痺れてきた。

 穂村さんは僕と同じ色のものを見るも美味しそうに食べている。僕だけがおかしいのか。それとも、彼女の味覚が変なのか。

 不味くはない。ライトノベルによく見る変な料理ではない。

 ただ、ただ。口からほむらを吐きそうになる程、彼女のカレーは辛いのである。


「どうですか? ゆっくり食べてますけど、美味しいですか? それとも……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る