第4話「長谷部愛助は騙せない(前編)」

 もうすっかり朝だった。スズメのぴちぴちとさえずる音を耳にしつつ、スマートフォンの時計を確認した。時刻は五時五十分。寮の食堂に行く約束の時間が六時二十分位。その頃にはツン崎さんを待っていようと六時五分にアラームを設定していたのだが、必要はなかった。

 いつもより早い目覚めに欠伸あくびをして考える。

 夢の中で気付いてしまったツン崎さんとカフェラテ子さんのことを。

 本当に彼女が同一人物なのか。夢の中特有の曖昧な思考のせいで、変に納得してしまったのかもしれないと今一度再考する。


「……声なんて、似てる人、たくさんいるもんな」


 きっと僕が勝手に思い込んでしまったのだ。変な共通点が提示されるものだから、声のことまで全く同じだと勘違いした。

 ある訳がない。やはり、ツン崎さんとカフェラテ子さんでは基本的な性格が違い過ぎる。あの毒舌大好きツン崎さんがVtuberとして配信するならば、絶対にドSな女王様気質のキャラクターとなるだろう。「私を女王様と呼べっ!」、「信者共! グダグダするな! 私達で良い配信を作ろうじゃないか!」。そんなことを言いそうな気がする。

 そう結論付けても、僕は微妙な心持ちのまま。

 ツン崎さんが時折見せるビー玉のような輝き。キラリと睨む、その後の笑顔。何だかカフェラテ子が持っている癒しと似ているようにも思えてしまう。

 ただ、自分の考えに「しつこいな。そんな訳あるはずがないよ」との一言で片づけておく。


「って……あっ、ヤバい。もう十五分か」


 時計を見て、考え事をしている場合ではないと気付く。そろそろ、朝ご飯の時間だ。急いで身支度を整えた。それから二階にある僕の部屋から玄関を通って外に出て、外の廊下にある階段を一段飛ばしで駆け降りていく。

 最中、先に階段を降りていたツン崎さんと遭遇した。彼女は隣に来た僕をギラッと睨む。


「ちょっと、朝から騒がしいわよ。後、廊下や階段を走らないの! 階段で転んで頭打って、これ以上ノータリンの頭パッパラパーになったらどうすんの!」

「あっ、ごめん……そして、おはよう」

「おはよう」


 無愛想な挨拶をしてから彼女は「さっさと行くわよ。急がない程度に、ね」と僕に指示を出す。

 彼女の腕からは幾つか食料の入ったビニール袋がぶら下がっていた。パンケーキの元に牛乳、卵、リンゴやバナナと何を作るかは想像ができた。

 しっかりとした朝食になるな、と考えながら朝の陽差しが窓から入っている食堂の中へ入っていく。一応、自分達の部屋以外でも食事を取れるようになっている食事スペースがある。その横に寮母さんが調理をする食堂がある。

 寮母さんが食事を作る時以外は立ち入りが自由となっていて、調理用具も「しっかり洗って片付けておくのであれば」という条件付きで使用可能とされている。確か、僕の真上に住む男の先輩が昼間、お菓子作りによく使っていた気がする。

 僕は手伝おうと調理場に入ろうとするも、彼女はそれを拒否した。


「あっ、手伝いはその時その時でお願いしたいから、まずはその辺りの掃除をしておいて」

「確かに、それなら僕の得意技だからね」


 どうやら食べるスペースを綺麗にしておきたいらしい。箒を華麗に扱い、ゴミを全て取ろうと試みる。最中、ツン崎さんはボールの中でパンケーキの粉と卵と牛乳とかき混ぜていた。あまりに熱心に見えるものの、話ができるチャンスは今しかないのでは、と思った。

 食べている最中は味のことに集中したいし、Vtuber関連について聞けるのは今しかない。


「あのさ……ツン崎……津崎さん」

「また、間違えた」

「ご、ごめん。あの、昨日のことなんだけど」

「昨日?」


 彼女はフライパンの中にできあがったパンケーキの生地を流しながら、首を傾げていた。


「Vtuberのことだよ。その、告白されているって」


 すると、彼女はフライパンの熱さが顔まで伝わったのか。顔が真っ赤になって、頭から湯気まで噴き出した。

 次に僕に向かって、大きな声を上げた。


「焦がすわよ!」

「えっ!」

「りょ、料理に集中させなさい! でないと、このパンケーキがどうなるか分からないわよ!」


 パンケーキが人質、ではなくパンケーキ質にされたら仕方ない。美味しそうで甘く、芳醇な匂いがするそのパンケーキ。これが失敗したら、あまりにも悲しいこととなるだろう。

 僕は彼女の調理を妨害しないことにする。

 パンケーキをフライパンで待つ間に僕はテーブルを布巾ふきんで拭きまくり、彼女はリンゴの皮を包丁でいていた。ところが、そこで嫌なことが起こる。


「痛っ!」


 僕は彼女の悲鳴にすぐさま、布巾を投げ捨て調理場へと直行した。すぐさま水道から水を出す。彼女の切り傷は浅いようだから、この対処法で間違ってはいないだろう。


「ほら、傷口に何か入ったら大変だし、洗って」

「あっ、うん」


 後は僕のポケットに常備している絆創膏ばんそうこうを渡しておいた。


「じゃ、これを貼って……」

「ありがとう。よく、こんなものを持ってたわね」

「まぁ……自分、よく怪我するからね。必需品になってる……」

「そうなんだ」


 彼女は水で傷口を洗い流してから、絆創膏を貼っていた。絆創膏を見る際、ほんの少しだけ微笑んでいた。

 僕がぼぉーとその様子を見ていると彼女はリンゴの調理を再開した。途中「皿を取ってもらっても?」と言われたので、幾つか容器を彼女の近くに置かせてもらう。

 

「ガラスだから、落とさないように気を付けてね」

「わ、分かってるわよ。落として割るなんて、おっちょこちょいな真似はしないから、安心して」


 と同時に「あっ」と彼女は声を出す。今度はツン崎さんは無事であったが、どうやら作ったウサギが真っ二つになっていた。

 屈辱的なようで、目を閉じて唸り始めた。

 フォローのしようがない。今の状態で何か励ましを送っても、意味がないと思った。僕が注意を逸らしたせいだと思われてるかもしれないし。一応、僕はその場を離れておく。

 命令が来るまで後は待っておこう。暇になった時間。またカフェラテ子さんとツン崎さんのことを考えてしまった。

 やはり、何となく似ている。つい数分前に見せた笑い顔。何だかカフェラテ子さんの面影があったように思えてならない。

 

「やってみるか……」


 気になってしまって仕方がない。それならば、一回、とある作戦を決行してみせよう。それで彼女がカフェラテ子さんでないか、そうであるか確認できるはずだ。




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