第3話「ツン崎さんはデレすぎる」

 僕は断言させてもらう。


「ないよ! 断じてない! だって、本当Vtuberを擁護するようなコメントをネットに書き込むこともないし!」


 そうだと言っているはずなのだが。彼女はこちらに顔を当たるギリギリまで近づけ、僕を疑った。


「本当なの!? 祭壇の前でサッカーやったとか、人ん家のお墓蹴り壊しちゃったとか!」

「僕をどんな奴だと思ってんの!? そんな酷いことしないよ!」

「ううん。じゃあ、何だったんだろ……いきなり見てた動画サイトの子がアンタのことを大好きーって喋り始めたからね。現実のことだとは思えなかったわ」

「そうだね。だいたい、この僕がそんなことをされるなんて……」


 何度言われようと実感が湧かない。今まで教室の隅で寝ているような人生を送ってきた僕がいきなりモテるなど、あり得ないのだ。

 ドッキリか何かの企画に抽選で選ばれてしまったのだろうか。


「そっ、だから一人のVtuberに何か言われたとしても、気にすることないわ。みんながみんな連携して何かの企画をやってるんでしょ。別に気にしなくていいと思うわ」

「そ、そうだな……」


 何かに応募した記憶もない。ただコメントした際に意図せず、何等かのイベントに参加してしまった可能性がある。僕が規約や注意事項を見落としていたなんて、よくある話だ。

 しかし、Vtuber皆が人の貞操を狙うとか、全く意味が分からない。最終的に僕が驚くのを見て何が楽しいのか。

 ツン崎さんは「一旦、その話は置いといて」と別の話を持ち出した。


「さっきのご飯の話覚えてる?」

「うん」

「あ、あのさ……どうせならワタシの料理を食べてもらっていい?」

「へっ!?」


 ツン崎さんがこちらの顔を直視せずにそう言った。聞き間違いかと思った。ただ指をもじもじさせている様子からして、それはなさそうだ。

 彼女は僕が唖然としていることに対し、まず誤解をした。


「ちょっとちょっと! 何照れてんの!?」

「えっ、別に照れてなんて」

「この馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿! 勘違いすんな! アンタのために手料理を食べさせるって訳じゃないんだからねっ!」

「いや、そんなこと」

「男子って言うのはそういう妄想をするんでしょ! 知ってるわよ!」

「そんなこと思ってないよ! た、確かにツン崎さんが作ってくれる料理を食べてみたいけど……」

「そ、そうなの……? いや、でも、単に特訓なだけだからね! これから大学を出た後、一人暮らしとかするでしょうし。その時に美味しい料理を作る人になりたいだけだから! 別にアンタのことを思ってる訳じゃないんだからねっ! アンタは実験台!」

「ハハハ。でも実験台でも料理を食べられるなら、問題ないよ」

「そっ! それならっ、良かった! じゃあ、明日の朝ちゃんと来るのよ! 遅刻したら、勘弁しないから。覚えといてよね」


 彼女は強い威圧を僕に掛けながら忠告した。たぶん、遅れたら僕が料理の材料にされるのだろう。それだけは嫌だが。

 食べさせてもらえるなら、喜んで実験台になろう。コンビニ弁当ばかりだと栄養が偏ると聞いたし。僕は自炊ができない人間だから、彼女の調理法を見て勉強させてもらおう。

 彼女がバタンとドアを壊す勢いで閉めて出て行った。その後、僕はスマートフォンのアラームを設定して、またベッドへと体を飛ばした。

 すぐには眠れないもので、スマートフォンで調べものをすることにした。スマートフォンを見ていると眠れないなどという都市伝説があるが、たぶんあれは嘘だと思う。

 

「さて……と……ないなぁ」

 

 カフェラテ子さんが作ったホームページを見ても、他のVtuberのホームページを確かめてもおかしなイベントはやっていない。

 しかし、実際にはカフェラテ子さんは僕の名前を呼んだのだ。そこが気になって、どうしようもない。

 メールが来たのは、そんな時。

 SNSでフォローしていた彼女から、プライベートのダイレクトメッセージが届いたのだ。胸の騒めきを抑えつつ、早速中身を読んでいく。


『先程は無礼なことを申し訳ありませんでした。こちら側ですと、貴方が動画サイトの連絡した名前が全部見えてしまうんです』


 そんな機能があったかな、と思う。試しに僕が今、配信者になったとして視聴者の本名が分かるものだろうか。

 

『先程のお言葉は勿論のこと、頑張る人、いつもたくさんわたしに励ましのメッセージを送ってくれる人と言うことで名前を挙げてしまったのですが、迷惑でしたでしょうか。そうであれば、本当に申し訳ありませんでした』


 ふと生まれた疑問も忘れるような謝罪。毎度元気をカフェラテ子さんから貰っている。彼女もできる限りの元気を送ろうと忙しかったのであろう。何故か分からないがうっかり流出してしまった僕の名前を呼んでしまった、と。

 僕は「仕方ないよ」とだけ返しておく。

 まだ忙しいようで既読はつかない。「返事は無理をしなくてもいいよ」とも付け加えて、スマートフォンを放っておく。

 すると、あら不思議。睡魔が襲って、夢の底まで落ちていく。


『カラスを追い払ってくれたんです』


 夢の中でカフェラテ子さんの声が反響する。ついでに何故かツン崎さんの顔がドアップで現れた。そして、彼女はこう言った。


『見える』


 間抜けに見えると言われたことを夢の中で反芻はんすうしている。そこで疑問を持った何故彼女が知っているのか。

 カフェラテ子さんの日常。彼女にした質問。何故か、ツン崎さんに教えていもいないのに知っている事実。

 カフェラテ子さんの穏やかな声。


『こんばんは! カフェラテ子です! よろしくお願いします! 長谷部さん! コメント見ましたよ。頑張ってますね。これからは大切な視聴者、いえ、とても素敵な男の人達、そして、長谷部さんの大事な人になれるよう、わたしも全力を尽くしますね!』


 少し低くしたようなツン崎さんの声。


『はぁ? 貴方あなたが隣の人? 一応、同級生ね。よろしく。迷惑は掛けないでよね。近隣トラブルなんてまっぴらごめんだから。えっ? 僕がそんなことをするように見えるかって? 男ってだいたいそう言うもんでしょ? 夜、大きな音でAVなんて聞いてたら……って、言わせんなっ!』


 考えてみたら、同じだ。アニメだとか同じ声優さんがやっていれば、すぐにわかるものの。これに関しては考えるまで分からなかった。けれど、そうだ。カフェラテ子さんの声優は、ツン崎さん。

 つまるところ、あの優しいカフェラテ子さんはツン崎さんと同じ人間が演じている。


「んなことがあるのかっ!」


 衝撃的事実を知って、僕はベッドから飛び起きた。

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