第37話 連なる思いが絡まることもある
時は5月2日に遡る。
自分の面倒くささに嫌気が刺すも、友人の無頓着さには腹が立つ。だって人間なんだもの、と己を肯定した矢先、彼女の元に1本の着信が入った。画面に表示された登録名は「きょーくん」。
「キョーくん!なんで連絡くれっ――――えっ、入院っ!?」
詩音の驚きの声が
*
「よっ、詩音久しぶり!」
「キョーーくんさぁ、他に言うことあるんじゃないの?」
病室に案内された詩音の目に入ったのは、頭部に包帯を巻いた響の姿だった。痛々しい姿とは逆に、当の本人はいつも通りの爽やかな笑顔を見せた。
「悪かったって言ったろ?病院だとなかなか電話もかけられなくてさ」
「アタシだって心配するんだよー?仕方ないけど……。で、何があったの?」
見舞い品を棚に乗せ、詩音はいつになく真剣な眼差しで響を見つめる。彼は少し目を伏せながら、変わらぬ笑みで質問に答えた。
「階段で転んだだけだよ」
「……そう。それならいいけど、誰かに押されたりとかじゃないのー?きょーくん恨み買ってそうだしー。主に女の子から」
「なにおう!俺は一途だもん!!」
「フラれた方は覚えてるもんだよー」
2人は病院ということを忘れ、声を揃えて笑い合う。詩音は響が先程と違い、心の底から笑っていると感じた。
響は嘘をつく時、口元だけで笑う。
詩音はそれを分かりながらも追求はしない。今は少しでも元気な姿を見せて欲しかったのだ。
廊下を歩いていた看護師に注意を受け、2人は申し訳なさそうに
頭を下げる。
「で、なるこはどうなの?俺のこと心配してた?」
「それがめーちゃんから連絡が一切無いんだー。その口振りだと、きょーくんの所にも来てないんだね」
「それはちょっと心配だな……。俺は問題が無ければ明日退院が決まってる。なるこの家に行ってみるか」
「場所知ってるのー?」
「……分からない」
「キョーくんって時々本気でアホだよねー」
「ド直球!?」
「ま、アタシは知ってますけど」
詩音は自慢げな顔を響に向けた。意地が悪いと思いながらも、響は詩音に提案する。
「なら、一緒に行ってみるかぁ」
「おっけー、ついでに駅前のドーナツ奢ってねー」
「こちとら病み上がりだぞっ!?」
「情報料はビタ一門負けられないなー」
「……分かったよ、じゃあ明日駅前集合な。退院の手続きとかあるから終わったら連絡する」
「よろしい。じゃあアタシはそろそろ行くよー。そこの林檎、好きに食べていいから」
そう言うと詩音は病室から出ていった。残された響は、彼女の置いていった紙袋を手に取り、中の林檎を見つめる。
「よりによって林檎か……」
響の心にあの時の惨めな気持ちが湧き上がってくる。力が無い故に選んでしまった最悪の選択。悪魔の手は既に彼の喉元に掛かっていた。
「まさか、こいつがトラウマになるなんてさ……」
紙袋を棚に戻しながら、響はスマートフォンを開く。そこには新たな1件のメッセージが表示されていた。
そして彼女らしい文章が無慈悲に響に告げた。
『リハビリお疲れ様!明日退院なんだってねぇ。とりあえず連絡ちょーだい!早速君を鍛えるよぉ! 愛しの師匠より』
思わずスマートフォンをぶん投げたくなる衝動を抑えながら、響はたった一文を送り返した。
『既に予定が決まっているので無理です』
響は詩音に感謝しながら、その後鳴り止まない通知音を無視し続けた。
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