第37話 連なる思いが絡まることもある

 時は5月2日に遡る。詩音しおんは不貞腐れていた。世間はゴールデンウィークに突入したというのに、一向に鳴子めいこひびきから連絡が来ないのだ。出会った期間は1ヶ月とはいえ、とても友好的な関係だったとは思う。なのに折角の長期休暇に連絡が来ないのは流石に寂しい。響に至っては論外だ。

 自分の面倒くささに嫌気が刺すも、友人の無頓着さには腹が立つ。だって人間なんだもの、と己を肯定した矢先、彼女の元に1本の着信が入った。画面に表示された登録名は「きょーくん」。


「キョーくん!なんで連絡くれっ――――えっ、入院っ!?」


 詩音の驚きの声が九判こばんに響き渡った。肩と耳でスマートフォンを挟み込み、響の言葉に相槌を入れる。そして彼女は、お気に入りの鞄に必需品を詰め込みながら、いそいそと外出する準備を始めた。


 *


「よっ、詩音久しぶり!」


「キョーーくんさぁ、他に言うことあるんじゃないの?」


 病室に案内された詩音の目に入ったのは、頭部に包帯を巻いた響の姿だった。痛々しい姿とは逆に、当の本人はいつも通りの爽やかな笑顔を見せた。


「悪かったって言ったろ?病院だとなかなか電話もかけられなくてさ」


「アタシだって心配するんだよー?仕方ないけど……。で、何があったの?」


 見舞い品を棚に乗せ、詩音はいつになく真剣な眼差しで響を見つめる。彼は少し目を伏せながら、変わらぬ笑みで質問に答えた。



「……そう。それならいいけど、誰かに押されたりとかじゃないのー?きょーくん恨み買ってそうだしー。主に女の子から」


「なにおう!俺は一途だもん!!」


「フラれた方は覚えてるもんだよー」


 2人は病院ということを忘れ、声を揃えて笑い合う。詩音は響が先程と違い、心の底から笑っていると感じた。

 響は嘘をつく時、口元だけで笑う。

 詩音はそれを分かりながらも追求はしない。今は少しでも元気な姿を見せて欲しかったのだ。

 廊下を歩いていた看護師に注意を受け、2人は申し訳なさそうに

 頭を下げる。


「で、なるこはどうなの?俺のこと心配してた?」


「それがめーちゃんから連絡が一切無いんだー。その口振りだと、きょーくんの所にも来てないんだね」


「それはちょっと心配だな……。俺は問題が無ければ明日退院が決まってる。なるこの家に行ってみるか」


「場所知ってるのー?」


「……分からない」


「キョーくんって時々本気でアホだよねー」


「ド直球!?」


「ま、アタシは知ってますけど」


 詩音は自慢げな顔を響に向けた。意地が悪いと思いながらも、響は詩音に提案する。


「なら、一緒に行ってみるかぁ」


「おっけー、ついでに駅前のドーナツ奢ってねー」


「こちとら病み上がりだぞっ!?」


「情報料はビタ一門負けられないなー」


「……分かったよ、じゃあ明日駅前集合な。退院の手続きとかあるから終わったら連絡する」


「よろしい。じゃあアタシはそろそろ行くよー。そこの林檎、好きに食べていいから」


 そう言うと詩音は病室から出ていった。残された響は、彼女の置いていった紙袋を手に取り、中の林檎を見つめる。


「よりによって林檎か……」


 響の心にあの時の惨めな気持ちが湧き上がってくる。力が無い故に選んでしまった最悪の選択。悪魔の手は既に彼の喉元に掛かっていた。


「まさか、こいつがトラウマになるなんてさ……」


 紙袋を棚に戻しながら、響はスマートフォンを開く。そこには新たな1件のメッセージが表示されていた。

 手振柘榴てふりざくろと表記されたそれを、ゴクリと唾を飲みながら開く。

 そして彼女らしい文章が無慈悲に響に告げた。


『リハビリお疲れ様!明日退院なんだってねぇ。とりあえず連絡ちょーだい!早速君を鍛えるよぉ! 愛しの師匠より』


 思わずスマートフォンをぶん投げたくなる衝動を抑えながら、響はたった一文を送り返した。


『既に予定が決まっているので無理です』


 響は詩音に感謝しながら、その後鳴り止まない通知音を無視し続けた。

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