第18話 討ち入り

「親父……?」

 

 紫苑の顔をじっと見つめた。息が荒くなった山代はぎこちない笑みを浮かべる。


「ああ分かったぜ、どうも似ていると思ったらお前、城場の娘か。その人を騙すような狐のような目つきに、笑った時のいけ好かないえくぼ……一目見ればすぐ分かる。あのジゴロ野郎の娘だってな」


「殺しを命令したのはお前だな」


「俺がやらなくても誰かがやっていた。あんなジジイ死んで当然だろ」


「てめぇ……」


 紫苑の顔はみるみるうちに赤くなり、全力で頬を殴りつけた。そのまま馬乗りになり、ひしゃげた顔面を潰すように無言で拳を振り下ろした。血が壁に飛び散り、紫苑の拳は真っ赤に染まっていた。


「紫苑……そこらへんにしとけよ。こいつの口が利けなくなっちまう」


 瑠璃は振り上げた紫苑の拳を掴み、静止させた。


「そうね、ありがとう」


 落ち着きを取り戻した紫苑は再びネクタイを引っ張り上げた。山代の意識はかなり混濁していて、頭も重力に任せて垂れていた。咳込みながら口に溜まった血を吐き出す。うつろな目で紫苑が見つめると、馬鹿にするように舌を出した。


「殺すように命令したあんたは殺すけど、それを実行したのは誰?」


「復讐かよ、くだらねぇ。そんなことのためにやったのか。利益も出ねぇ私情に命かけるのは人間様のすることじゃねぇよ」


「さっさと答えろよ、おっさん」


 健斗が横から頭を突っつく。


「いいぜ、教えてやる。確かに俺は殺し屋を雇った。そいつを殺すんだったら、殺せ。確か間宮とか言ったか……多分偽名だが。その名前で携帯の電話帳に入っているよ」


 山代は二つのことを考えていた。まずはどうせここで死ぬならあの失敗した殺し屋の情報を売って道ずれにしてやろうという考えだ。だがそれは大した理由じゃない。もう一つは義理人情など、とうに捨て去った山代にも矮小ながら組を思う気持ちがあったということだ。

 城場を本当に殺したのはどこの誰だが知らない。山代の雇った間宮という奴は前金だけ持っていきやがって失敗した。そのどこの誰かを仮に仙堂会が雇ったとするならこの狂犬はそれを調べ上げ、事務所に乗り込むだろう。

 世話になったオヤジまで売って、死ぬ……なんてことは山代の商魂が許さなかった。


「仲間をそんな簡単に売るとはとんだ糞野郎だな」


 紫苑がそう言って、ネクタイから手を離す。


「仲間……俺に仲間なんていねぇよ」


 紫苑は山代のポケットからスマホを取り出した。画面のロックもかかっていない。それをポケットにしまうと命令する。


「あとは頼んだよ、健斗」


 紫苑と瑠璃は少し下の階でエレベーターを降りた。扉が開き、足を踏み出したとき、背後から山代の声が聞こえた。


「娘……てめぇの顔は忘れねぇ。てめぇも俺を殺ったことを忘れんなよ」


 紫苑は一瞬立ち止まり、そして振り返ることなくフロアの奥へと去っていった。エレベーターに残った健斗は山代の頭を掴み上げると言うのだった。


「孤独だったお前の人生の最期に俺が花向けしてやるよ」






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