第12話 ギャング

 バブルに急造された飲み屋街も今では見る影もない。ショーパブやバーの艶やかな字体で書かれた看板は色あせ、当時の華やかさなど微塵も感じず廃れ切っていた。光陰矢の如し、人が老いれば町も老いる。永劫に続く繁栄などは存在しない。

 今となってはそんな場所に寄りつくのは酒に酔ったサラリーマンか血に飢えた若者だけだ。


「先輩……もう飲めませんよ……」


「いやもう一杯付き合えよ」


 おぼつかない足で潰れたバーの扉をがたがたと引っ張るサラリーマンが今日も現れた。扉の前には落書きの後があり、どこからどう見ても営業しているようには思えない。


「あれ……開かないっすね。おーい、やってないのか」


 酒臭い息を吐きながら騒いでいると肩を叩かれる。警察かと思って振り返ると、そこに立っていたのはそんなに生易しいものではなかった。


「おい、おっさん。ここをどこだと思っているんだ」


 そこには金属バットを持ち、髪の毛を金髪に染めた青年が立っている。サラリーマンよりも十歳ほど若い。バンダナを口元に巻いていて、目は血走っていた。

 青年は金属バットを肩に担ぎ、笑みを浮かべる。


「す、すみません」


 悲鳴のような声を上げながら、サラリーマンはその場で深く謝った。


「ここが何の集会場が知ってんのか。おっさんよぉ」


 縮こまったサラリーマンに近づき、スーツの襟を引っ張り上げた。青ざめたサラリーマンの顔が一層険しくなり、首を横に振る。


「冥土の土産に覚えておけ、この場所はなぁ、ここら一体を取り仕切るミネルヴァの集会場だぜ。てめぇら社畜が来るような場所じゃねぇ。まぁ取り敢えず、お前ら二人……殺させろ」


「そんな勘弁してください」


 二人のサラリーマンはみじめにも汚れたアスファルトで土下座をする。生存するために人はここまで惨めに、そして必死になる。しかしそんなことはお構いなしに青年はバットを振り下ろした。


「おい、何やってんだ」


 金属バットはサラリーマンのつむじの前で止まる。


「瑠璃さん……こいつらが俺たちの集会場の前で騒いでいたので……つい」


 青年が瑠璃と言った女がこちらに近づいてくる。髪の毛は短く切り、ボーイッシュな女だが顔は整っていた。大きいイヤリングを揺らしながら青年とサラリーマンの間に入る。


「こんな時に問題を起こすなよ、健斗」


「すみません……」


 健斗の金属バットを優しくなで下ろすと、今度は膝をついて座っているサラリーマンを睨みつけた。


「おい!」

 

 思わぬ救援で助かったと思っていたサラリーマンたちは、その一声で現実に戻され、びくりと肩を震わせた。

 しゃがみ込み、サラリーマンの前髪を掴み上げると、低い声で警告を発す。


「あんたらいい大人がこんな場所で騒いでんじゃねぇよ。その臭い口を塞いでとっとと失せろ」


 その恐ろしい剣幕に怯えた二人は逃げるように走り去っていった。


「健斗の気持ちも十分わかるよ。いまはみんなナーバスになっている。だけどよ、こいうといだからこそ、あたしらがうちのボスの支えてやるんだろ。むしゃくしゃする気持ちはもうちょっと取っておけよ」


 瑠璃は硬直した健斗の肩を叩きながらそう言った。

 石上瑠璃いしがみるり。まだ十九歳の彼女は女ながらも喧嘩が強く、人柄もよかった。男たちを率いる才覚があり、ボスの親友でもある。ミネルヴァの二番目として遜色は皆無だった。


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