第11話 外科医
扉の先には重たいサブマシンガンを抱えた小学生くらいの少女が立っていた。小さい体とフリルの付いた可愛らしいワンピース、手に持っている鉄の銃器は酷くアンバランスで、脳内が混乱する。
永井はその場で固まった。
「どうします? 喋る気になりましたか」
「あんたの娘か」
命の危機が突きつけられた永井の口調が変わった。殺気を放つ相手に敬う気持ちなどない。
「姪っ子ですよ。俺が引き取り、仕事の手伝いをさせています」
「小学校に通わせずにこんなことを……」
「学校には行っていますよ。これはクラブ活動のようなものだ」
幣原は立ち上がった。ポケットに入れていたハンチング帽をかぶり、少女の横に立つ。
「この町で一番の情報屋はあなたなんですよ。永井先生」
「僕が知っていることは人体に関することだけだ。青天狗など知らん」
「本当に撃ちますよ……」
幣原がそう言うと、少女が睨みつける。永井もその動作を見て、机の上に置いてあったメスを手繰り寄せた。
後ろ手でメスを握り、身構える。
少女は無表情のまま、ストックを脇に抱え、バレルを支える腕は動かさない。恐らく相当、訓練を積まれている。心身ともに何一つ乱す様子は無かった。
「撃とうが撃たなかろうか何も変わらん。死んでも生きていても話せることは何一つない。それに町中でそんなものをぶっ放してみろ。日本の警察は君が思っているよりも優秀だ」
「さすが外科医……人の生き死には慣れていますね」
「僕は患者を死なせんよ」
永井は覚悟して、メスを振り上げた。
それと同時にサブマシンガンから弾が飛び出る。永井の振り上げたメスは少女の首元めがけて走ったが寸前で止まった。
診察室にBB弾が転がる。機械的なモーター音が停まり、少女はにこりと笑った。
「電動ガン……」
息を止めた永井が吐き出すように言った。
「永井先生、ここは日本ですよ。本物のサブマシンガンがあるわけないじゃないですか」
永井はメスの刃を返し、白衣のポケットに隠した。
「少女に刃物を向けるなんて……」
「心理状態の問題だ。君が狡猾に僕の心理を操ったからね。環境次第でおもちゃですら武器になる」
「詭弁ですね。あなたはいつだってそういう環境に身を置いているはずだ」
幣原は少女の肩を叩き、扉に手を掛けた。
「今日はこれで失礼します。また来るかもしれません」
「あなたみたいな患者はお断りだ」
「差別ですか」
「正当な出入り禁止だ」
幣原は笑いながら、廊下を歩いた。
「あっ、そう言えば……」
何かを言い忘れた幣原が壁に手を突いて、足を止める。首だけ振り返り、横顔を見せた。
「ミネルヴァっていう半グレ集団、知ってます?」
「また都市伝説か」
「いいえ、これはこの町に実在する若者を中心としたカラーギャングのような集団なんです。でも普通だったらもっと、いかつい名前をつけると思うんですよ。エンペラーとかモンスターとか……でもミネルヴァってギリシア神話の女神ですよ」
「それがどうした。女神だっていいじゃないか」
「でも、男らしくない」
「勝利の女神とか言うじゃないか。そもそもそんな半グレ集団の名前に意味なんて無いと思うぞ。どうせ、ニュアンスで付けたんだよ。そんなのは……」
「そうですかね。もしかしらた何か特別な理由があるのかも……」
「なんだそれは」
「分かりませんけどね」
幣原はそう言い残して去っていった。一人残った永井は診察室に散乱した無数のBB弾を拾い集める。集めたBB弾を握り締め、診察室の椅子に座ると幣原の名刺だけがやけに目立っていた。
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