第9話 銀行
叡山はすぐに割れた窓を確認する。機動隊が突撃するための閃光弾でも投げ入れたのか。それにしては勢いが強すぎるし、閃光弾の破裂で人質を危険にさらすことになる。
窓ガラスを割った異物は向かいの壁に当たり、跳ね返ると、叡山の目の前で静止した。視線を床に落とし、じっと観察する。
その物体はゴム弾に似ていた。
ゴム弾は静止したと思うと、筒の先から白い煙を噴射した。かんしゃく玉のようにその場で勢いよく回転し、白煙をまき散らす。新手の発煙筒か。では誰が撃ったというのだ。
しかしこれは千載一遇の好機である、これが何者の仕業か考えるのは脱出してからでも遅くはない。
人質全員の視界を奪ってしまえば、あとはこちらのものだ。叡山は鳴りやまないスマホ手にした状態で、体を半身にした。
裏口の位置はもう見えなくても分かっている。どの状況に陥ったとしても確実に逃げられるように通路の角を触れて、空間把握を行ったのだ。
裏口へと一歩踏み出した瞬間、白い煙に穴が開き、持っていたスマホを吹き飛ばされた。
その穴の先には猟銃の銃口。押し広がった白煙が収束を続ける中で犯人の顔が見えた。叡山の位置を捉えている。
落ちたスマホを拾い上げ、尻のポケットに押し込む。
銃声で人質が騒ぎ出し、再びフロアには当初の金切り声が鳴り響いた。
叡山はホルスターに手を突っ込み、グロック17を握りしめ、安全装置を外す。体を回転させ、裏口に続く通路へ身を投げ出すと、丸めた腹の中でスライドを引いた。
膝を突き、フロアに銃口を向ける。
犯人はどこだ……足音も聞こえない。嫌な汗が背中を流れた。
その時だ。斜め上の煙が揺れ動くのを見た。叡山はすぐに体を後ろに倒し、銃口をそちらに向けた。
ナイフを握った犯人が上から襲い掛かってくる。叡山は反射的に額めがけて発砲した。弾丸は犯人の前髪を掠めて、後ろに消えていく。
この男、銃弾に怖気づいていない……
叡山は腹筋に力を入れた。襲い掛かる男の腹に膝を入れ、空間を作ると、ナイフを持つ手を下から抑えた。
「俺を殺すことが目的か、少年兵」
犯人の汗がじとりとスーツの襟にしみた。
「これはついでだ」
「堅気を殺さない。いい心がけだよ。だがな、堅気の無知を舐めちゃいかん。これは俺からの忠告だ。邪魔な奴は殺すときに殺しておけ」
叡山は笑みを浮かべた。その瞬間、犯人に対して抗弁を垂れていた男が白煙の中から現れた。手にはネクタイを持っている。目の前の叡山に集中していた犯人は背後から迫る男に気が付いていない。男はネクタイの両端を手に巻き付け、犯人の首にかけると同時に一気に首を絞めた。
背中を足で抑え、全力でネクタイを引っ張る。犯人は叡山に突きつけていたナイフの刃を返し、背後から襲う男の腹に突き刺した。
男はその一撃で気力を失い、力んでいた腕は垂れ下がった。
そして、犯人が再び正面を見た時には叡山の姿がどこにもなかった。ただそこには薬莢だけが転がっている。
通路の先の裏口は扉が開き、夜風が入って来る。犯人は男の体を端にどけると、血の付いたナイフを払った。
振り返ると、この機に乗じ、突入してきた機動隊がフロアを占拠していた。無数のレーザーポインターが犯人の額を捉え、仕方なく両手を挙げるのだった。
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