第7話 銀行
「君はまだ成人もしてないんだ。こんなことはやめなさい」
「そうよ。まだやり直せるわよ」
命欲しさに泣き落としにかかる大人たちに寒め交じりの笑いが込み上げてきた。自分勝手ことばかり言いやがる。こいつらはこの男がただの青年ではないことに気が付かないのか。恐らく、ただ学校に行って、それなりのいじめを受けただけではあの目にはならない。だが青年も青年で一貫していた。
叡山ならうるさく付け上がり始めた大人たちの足でも撃って、黙らせるだろう。この空間の中では武力を持つ青年こそが絶対だ。武力と権力はイコールで結ばれるからこそ世界には独裁国家が生まれる。銀行内は犯人の独裁国家であり、この数時間の間なら殺したところで誰も反抗しない。むしろ静まり返る。
それでも若き犯人はその権威を横暴することなく、実に落ち着いた態度で対応した。
「ふっ、成人か」
鼻で笑った青年がカウンタカーから腰を離す。
「成人など、社会主体から見た大人であり、生物的には十五歳そこらでほぼ成熟を遂げている。だがそれでも遅い、遅すぎる」
「君の意見はよく分かった。でもなぁ将来のこととかある。絶対に後悔するぞ」
「そう思えることが一番の幸せだと思え。平時しか知らない大人たちがいるのと同時に、戦時しか知らない子供たちは無数にいる」
すると男はさらに論点のずれた抗弁を繰り広げる。
「君は知らないんだ。社会に反発してもなにもいいことはない。おじさんも昔はそうだった。教師に歯向かって、散々暴れ、町中をバイクで暴走し、沢山の大人たちに迷惑をかけた」
恥ずかしい過去をよくも面前の前で堂々と披露できるものだ……叡山は嘲笑を通り越して、軽蔑していた。
「それでもな……今はこうして立派に生きているんだ。でも犯罪を起こしてしまえばそれさえも出来なくなってしまう。それを分かっているのか」
町中を暴走する行為は立派な道路交通法違反であり、犯罪だ――と心の中で呟いた。しかし犯人は呆れたのか、それとも恥をかかせまいとする優しさなのか、男の土俵のまま反論した。
「反発や悪は絶対的な善が存在しているから起こる。いくら壊そうと元の状態に収束するという善を信頼しているから反発をする。自分自身が悪だと思っている人間はその時点で無意識に善に惹かれているのだ」
叡山はこの問答を小耳に挟みながらも、ゆっくりと体をよじり、裏口へと近づいていた。まだ犯人の視線は男を捉えている。このまま御託を並べた男が気を惹きつけ続ければ、必ず隙が生まれる。もっともこれだけお門違いが説得を受けても犯人の頭に血が上る様子は一切見られない。
叡山が裏口へと繋ながる通路の角に手を突いた途端、犯人の視線が背中に刺さった。
「おい、何をやっている」
叡山は誰にも聞こえないような小さい舌打ちをした。
「その場に座っていろと言っただろう」
叡山は皆の注目を集めてしまった。人質が全員振り返り、怪訝そうな目で見つめられる。
「トイレの場合はどうすればいい?」
惚けた顔をしてそう言った。
「我慢しろ」
「無茶なこと言うなよ。これだけ人が集まっているんだ。全員が我慢して、しまいには恐怖で漏らす奴だってでてくれるだろう。そしたらここは汚物まみれの飛散な現場になるぞ」
「それがどうした」
「なるほど、あんたもとんだ変態というわけか。この時間帯は女性社員が多い、それを見て楽しむのが目的か」
「馬鹿を言え、そんな外道と一緒にするな」
「どんな理由があれどもルールや法を犯すような連中は全員、外道だぜ」
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