第5話 銀行
第一銀行の本店。昼下がり、客の往来がまばらな時間帯。受付カウンターの脇にある長椅子で、貧乏揺すりをしながら通帳を見つめる男がいた。小さな溜息を吐き、首を捻ると、背もたれに体を任せる。
特に今回の仕事は性産業のドンであり、違法風俗店を取り仕切る帝王、
それでも失敗に終われば、雀の涙ほどの前金しか入らない。デカい金が入ることを想定したうえで趣味道楽にうつつを抜かした今月はこの失態がかなりの痛手となった。
だがおかしなことに叡山が殺しを失敗した後、城場善一郎は何者かによって殺された。それが誰の仕業で、誰が依頼したのかは見当もつかない。叡山の依頼人が他の殺し屋を雇ったのかもしれないが、今となってはそんなことはどうでもよかった。
結果としては始末できたとは言え、それは叡山の手柄ではない。今頃、何者かが叡山に渡るはずだった報酬を手にして、町を闊歩しているだろう。そう考えるとさらに虚しくなる。
この家業を初めて十年となる。その中で失敗は今回が初めてだった。依頼された殺しは必ず成功させてきたため、その信頼も厚い。最近の殺しは主に絞殺が多く、あまり拳銃を使うことはないが、それでも愛銃であるグロック17は肌身離さず胸にしまっていた。
だが今回の失敗で少しナイーブになっていた。叡山も四十歳手前だ。体力は心とは裏腹に衰え、歳には勝てない。
しかしいまから堅気に戻ることもできない。戦国武将は晩年、殺していった人間の数だけ仏を彫るなどしてその罪を償うと言うが、叡山にはそんな気はさらさらなかった。
依頼をする組も近頃は若い殺し屋に鞍替えを始めている。今回を機に……などという不安は確かにあった。それでも人を殺すことしか取り柄のない叡山は若い芽を積んででもしがみ付くしかなかった。
欲を制する算段を空想しながら足を組み替えた時、銀行に大きなカバンを抱えた男が入ってきた。帽子を深くかぶり、体格もそれなりに良い青年。つばの奥から光る眼光は鋭く、執拗に周りを見渡している。叡山は無意識にその男の視線を追いかけたが、確実に監視カメラの位置を確認していた。
叡山は目の前を通りかかった受付嬢に尋ねる。
「すみません、支店長はどちらに」
すると受付嬢は体をこちらに向け、丁寧な口調で答えた。
「この時間は丁度、男性職員のお昼休みとなっていますので、席を外しています。あと数十分もすればお見えになると思いますよ」
この銀行は男女で昼休憩を分けている。つまりこの時間は銀行内に女性の職員しかいない。叡山は羽織っていたスーツの襟を正すと、軽く会釈した。
「ありがとうございます」
すぐに立ち上がると、通帳をポケットに入れ、出口へと急いだ。取り越し苦労なら良いのだが、嫌な予感がした。仕事柄、面倒には巻き込まれたくない。変にテレビに顔が映れば、それだけで仕事の支障をきたす。
叡山は早歩きで出口へと急いだ。しかしほんの数メートル手前で男の叫び声が聞こえる。
「動くな。ここにいる全員が人質だ」
一歩遅かった。嫌な予感は的中し、体が硬直する。
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