第4話 森の中
ミデンは当たらない銃弾に臆することはない。着実に部隊長の眼前へと歩みを進める。迫りくる無敵の神童。いや悪童というべきか。目に映るものすべてが恐怖でしなかった。
蛇に睨まれた蛙のように体が硬直した部隊長は、その場に尻を突き、小銃を抱きかかえた。
「残り一発か、こんなことになるなんてな……」
情けない弱音を吐き捨てると、硝煙の漂う銃口を自らの顎に突きつける。靴を脱ぎ、足の親指を引き金に掛けると、大きく息を吐いた。
そして指先に力を入れる。ぐっと握りこまれた引き金は落ち、最後の銃声が森に木魂した。
生気を失った体が土に横たわり、喋らなくなった口は終戦を告げた。
その様子を一度も目を逸らすことなく見ていた。なにも自害することはない。まだ弾薬が残っているなら命が尽きるその時まで戦えばいい。ミデンにとって兵士の美学など微塵も分からなったし、知る気にもなれなかった。
動かなくなった死体を蹴り、血で汚れた顔をぬぐった。
「どうやら、派手にやったみたいね」
背後から声が聞こえる。そちらは燃え盛るバンガローのほうだった。すぐに振り返り、辺りを見渡すと、炎の奥に人影が見えた。
目を細め、凝視するとその先にシルエットだけが浮かんだ。なびく髪の毛に影だけでも分かる完璧なプロモーション。その人物は姿が見なくても声だけで分かる。
「師匠……なのですね」
呼びかけと共に炎をかき分け、姿を現した。ミデンが師として慕う女。混じり気のない日本人特有の切れ長の目をした美しい女。
「久しぶりね、坊や」
口調もなまめかしく若い女にはない大人の色気を放つ。
「その呼び方はやめて下さいよ。もうそんな歳じゃない」
「あたしからすればあなたはそんな歳だわ」
「俺には師匠から頂いた名前があります」
「ミデン……あなたはその意味を知っているの?」
冬音は眉をひそめた。
「何もない。それが俺の名前です」
「そうよ。あなたには何もなかった。私が拾わなければ野垂れ死んでいたわ」
「でも師匠は俺を殺そうとした……なぜ俺を殺そうとしたのですか」
「知りたい?」
「ぜひ、教えてください」
ミデンは深々と頭を下げた。
「私があなたを殺すことに疑いを持たなかったの? 私はそんなへまするような女じゃないわ。確証なんて掴めなったはずよ。それなのに独断して、逃げ出した。それはなぜなの?」
「人を信じるな。俺は師匠の言葉を守っただけです。一度でも疑った相手を俺は決して信じません」
「私もあなたのことを信じていないわ」
冬音はそう言うと、太腿に巻いていたホルスターから拳銃を取り出した。
「いまから私はあなたを殺す。もしもまだ十年前に拾った生にしがみ付きたいなら、足元に落ちている銃を拾いなさい」
「答えになっていませんね」
「教えたらその命を差し出してくれるの?」
ミデンは苦笑いを浮かべながら土のかぶった拳銃を拾い上げた。
「俺は何もない。何も信じていない。無抵抗で死ぬのは意味が分からない」
「あなたに全てを与えた私を殺せるかしら」
「恩義や情を感じるなら、もうとっくに自分の頭を撃ち抜いていますよ」
二人は銃口を向け合ったまま、静止した。
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