第10話 雪に消えた約束



生まれてから12年、親の顔は一度も見たことがない。

一緒に住んでいる祖父は外で働ける年齢ではなく、内職をして少しのお金を得ている。

僕は今年から大工の仕事を手伝い、お金を貰えるようになった。

決して多いお金ではないけど、祖父の内職だけよりは少し生活が楽になった。


その年は寒く、雪が多い冬だった。

雪が降ると大工の仕事はなくなり、僕は思うように稼げなかった。

祖父と一緒に内職をして食い繋いでいた。


夕飯の買い出しからの帰り道、街を歩いていると僕より少し小さい女の子を見つけた。


雪の中、頭巾を被った少女がマッチを売っていた。

街行く人々に声を掛け、寒さで指先が赤くなった手でマッチを差し出す。

話すら聞いてくれない人もいる中で、白い息を吐きながら懸命に声をかけていた。


少女を見た瞬間、僕の心臓は爆発しそうなくらい速く動いた。

顔が熱い。

少女から目が離せない。


「マッチ1つ貰える?」

居ても立っても居られなくなり、少女に声を掛けていた。

僕よりも頭1つ分小さい少女が、驚いた顔で見上げていた。


「買ってくれるんですか?」

マッチを手渡しながら少女が僕に尋ねた。


「うん、1つ貰える?」

そう言いながらポケットに手を突っ込み、お金を払おうとした。

でも僕の手は何も掴むことが出来なかった。

今日は寒いから、祖父に良いものをと思って夕飯でお金を使い切ってしまっていた。


「ごめん、手持ちが無かった、、、。」

悲しいやら、恥ずかしいやらで少女の目は見られなかった。


「ありがとうございました!」

僕はマッチを買えなかったのに、お礼を言ってくれた。笑ってくれた。


「また、明日買いに来るから!ここで会える?」

少女にまた会いたくて約束をすることにした。


「お待ちしています!」

少女がまた笑ってくれたのが嬉しかった。



その日の夜は一段と冷えた。

祖父と僕は一つのベットで身を寄せ合いながら寝た。


「夕飯に良いものを食べさせてくれたおかげで、体が温かいよ。」

と言って祖父は喜んでくれた。



次の朝、久しぶりに晴れたので僕は大工の仕事を手伝いに行った。

今日仕事をして貰ったお金で、マッチをいくつか買おうと決めた。

仕事に向かおうと街を走っていると、一つの家の前に人が集まっていた。


「かわいそうに。」

「昨日は寒かったから。」

人々がそう話しているのが聞こえた。


人々の話し声の中から

「昨日、声を掛けられた時にマッチを買ってあげたらよかった。」

と聞こえた時に、僕の体は雪のように冷たくなった。


人をかき分け、ぶつかり、嫌な顔をされながら、僕はどんどん集まりの中を進んだ。

「どうか、考えすぎてありますように。」

そう思いながら。


一番前にたどり着いた時、頭の中が吹雪が吹いたように真っ白になった。

昨日の少女が横たわっていた。

燃え尽きたマッチの中で眠っているように見えたけど、白い息も見えないし、真っ赤だった指先は真っ白だった。


少女の顔は、昨日僕に微笑みながらお礼を言ってくれた時と同じ顔だった。


頭の中の吹雪が溶けたのか、雪のように冷たくなった体は本当に雪になって溶けたのか、僕の目からは水が流れた。



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