第5話 おじいちゃんと妖怪



最近村では、妖怪の噂が流行っている。

森に入った友達の友達が天狗を見たらしいとか、おばあちゃんの家には付喪神がいるとか、そんな噂話を村中の子どもから聞く。

誰も彼も自慢気に話していて、話題の中心になっていた。

羨ましかった。


「おじいちゃんは妖怪に会ったことある?」と、家に帰ってから聞いてみた。

今日は父ちゃん、母ちゃんが近所の家に出かけていて家には僕とおじいちゃんの二人っきりだ。


おじいちゃんが囲炉裏の側に座って、僕を手招きする。

僕はおじいちゃんの隣に座った。


「これから話すことは、二人の秘密にすると約束できるか?」

初めて聞くような声だった。

ちょっと怖かった。


「絶対秘密にする!」

口ではそう言ったけど、後で友達に話してやろうと思っていた。


「あれはじいちゃんが子どもの頃の話だ。」

ぽつり、ぽつり、おじいちゃんが語り始めた。



家から少し歩いたところに砂浜があるだろう?

あそこにな、亀がいたんだ。

友達二人とじいちゃんはその亀を突いたり、蹴ったりしていた。

ああ、お前は亀を蹴ったりしちゃあ、いけないよ?


するとな、突然大きな声で怒鳴られた。

「やめなさい!亀をいじめるんじゃあない!」ってね。

顔を上げると太郎がいた。

太郎は母親と二人で村の外れに住んでいる若い漁師だった。


太郎に見つかったじいちゃんたちは まずい! と思って逃げた。

逃げたが、岩の後ろに隠れて太郎と亀を見ていた。


太郎は亀と一言、二言話すと、亀の背に乗った。

そしてそのまま海の中に潜って行ってしまったよ。

夕方まで待ったけど、太郎は戻って来なかった。

何日経っても戻って来なかった。

俺たちは村の大人たちに亀のことを話したけど、誰も信じてくれなかった。

そのうち太郎の母親が死んでも、俺の母親が死んでも、息子が生まれても、何年経っても太郎は戻って来なかった。


じいちゃんはな、あの亀は妖怪だったんじゃあないかと思っとる。

亀が何年も生きて、妖怪になったんだ。

それで、太郎は亀の妖怪に海に連れて行かれたんだってそう思うんだ。

この話は誰にも言うんじゃないよ、話したらお前も亀に連れて行かれるからね。



おじいちゃんはこの話をして数日したら死んでしまった。

もちろん僕は誰にも亀の話はしなかった。

怖くて出来なかった。


砂浜へ行くたびにおじいちゃんを思い出す。

海の中に入って行った太郎は、亀に食べられてしまったのか。

それとも、もしかしたら今でも海の中で生きているんじゃないだろうか。

もしかしたら太郎は、いつか村に帰ってくるかもしれない。


僕は毎日砂浜で太郎を待つ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る