第三話

 そういえば、ずいぶんと日が高くなり、気温も高くなってきたような気がする。


 そう思って公園にある時計を見ると、もうすぐ11時になろうとしていた。


「ごめん、私もう帰らなきゃだ!」

 お昼に間に合わなくなってしまう。


 そそくさと帰る準備をし始める。


「あ、よかったら俺、送ってこうか?」


「…………………え?」


「俺、家まで送ろうか?って。自転車あるから後ろ乗ってけよ」


 正直、びっくりした。

 富谷遥樹が今まで女子に優しくしている所を、私はあまり見たことがない。

 いつも女子のことをかったるそうな目で見ているのに。


 そういえば、私を保健室まで運んでくれた時が、私が初めて見た女子への優しさだったような気がする。


「おい、どうした?嫌だったら無理しなくても……」


 富谷君が私を心配そうな目で見つめてくる。


「本当に?いいの?」


 正直、当てもなく歩いてる時は楽しい。

 だが家に帰るのは面倒くさくなってしまうのだ。

 その提案はとても有難かった。


「ああ、いいよ。お前軽いしな」


 ふ、と顔に微笑みを浮かべながら言う。


 ――――ときん。


 胸が嫌な音をたてた。


 私はまだ進めない。はずなのだ。


 あの時の記憶、思い出を、感情を、視界を、想いを、過去に出来ないまま進むことは、まだ出来ない。


 ………はずなのだ。


 だからまだ、この、君に対しては少ししか鳴らない胸を、まだ大きくは鳴ることのない胸を、このまま少ししか鳴らないように留めておかなくてはならない。


「長谷川?さっきからどうした?大丈夫か?」


「うん、ちょっと待ってね、」


「……?ああ」


 少し落ち着こう。


 ……………………………

 …………………

 ………

 …ふぅ。

 ……うん。大丈夫だ。


「よし、じゃあ、お願いしてもいいかな?」


 大丈夫。顔には出てないはずだ。


「おっけ、行くか。申し訳ないんだけど、家まで付いてきて貰えるか?すぐそこだから」


「うん、もちろん!」


 確か5分くらいって言ってたな。

 私は富谷君の後をトコトコとついて行った。



 富谷君の家は割とどこにでもあるような家で、少し親近感を覚えた。


 富谷君は家とひと続きになっているガレージから自転車を取り出し、何故か家から座布団と荷紐を取ってきたのだった。


「それ、何に使うの?」


「荷台、そのまま座ったら痛いだろうと思って。こうしたら少しはマシになるんじゃないか?」


 富谷君は座布団を荷台に載せ、端を紐で縛ってくれた。


 ああ、慣れない優しさが心地いい。

 そう感じてしまう。


「ほら、乗れよ。」


 いつの間にか富谷君はサドルに跨っていて、既に走り出そうとしていた。

 私もふかふかになった荷台に座る。


「ちゃんと掴まっとけよ?」


 そう言って富谷君は私の手を掴み、自分の腰に巻き付ける。


 流石にこれはまずいかもしれない。


「じゃあ、行くからな、道ちゃんと教えろよ?」


「あ、うん」


 そう言って自転車を漕ぎ出す。



 鎮まっていた心臓が、とくん、という音から、どきん、という音に変わっていくのがわかった。


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