第八話

 廊下に出ると、いつものように私の噂が聞こえてくる。


「あ、長谷川さんじゃん!やっぱ美人だよねぇ」

「まさか今日長谷川さん一人?ラッキー!いいとこ見れたわぁ」


 四方八方から私の名前。

 でも昼休みは大抵の生徒が友達や先輩、後輩と一緒に歩いているせいか、声を掛けられることはまずない。


 紅葉を待たせるのもいけないので、なるべく早足で、ツカツカと歩いていく。


「着いた」


 昼休みなので、人数は少ないが、教室の中はザワザワとうるさい。


 あれ、待って、昼休みってことは富谷君学食に行ってるって可能性もあるんじゃ…

 それだったら来た意味ないぞ……ちゃんと考えとけよ自分!


「あれ、長谷川さんじゃん!おーい皆!長谷川さんうちのクラスに来てるぞ!」


 考え込んで突っ立ってたせいで、誰か知らない男子に見つかってしまったようだ。


「え!うそ!長谷川さん?あの美人さん!?」


 これは女子の声だが、


「マジか!長谷川さん!LINEください!」

「え、うっそ、なんでうちのクラスに?」


 教室のあちこちからざわめく声が聞こえてくる。


 やってしまった。

 こっそり呼ぶつもりだったのに。


 あっという間に周りに人だかりが出来てしまった。


 ここはいっそ大声で、


「富谷君に用事あって来たんですけど!今いますか!」


 ざわめきがピタっと止む。


 まあ仕方ない。大人気イケメンさんの名前呼んだらこうなるよね。


 それとは別に、急に周りのの目が変わった気がした。

 何だろうか。


「おい、遥樹、呼ばれてんぞ、行けって」


 その声の主は白柏君で、何かがとても微笑ましいという顔で隣の男子を軽く叩いている。

 なんか楽しそうだ。


 隣の男子というのは富谷君だったようで、その声に押されたように富谷君はこちらに歩いてくる。


 よかった、いた。


「えっと、どうしたの」


 流石にこの人だかりの中話すのはあれなので、少し離れたところで話すことにした。



「それで、どうしたの?」


 今私達がいるのは非常階段の前で、人があまり通らない所だ。


「これ、昨日のお礼。あの時気づかなかったんだけど、私倒れたのお昼前で、起きたの夕方だったでしょ?富谷君、結構熟睡してたってことは大分の時間あそこにいたはずだし、ってことはお昼前から夕方まであそこに居てくれたってことで……

 とにかく!飴ちゃん数粒じゃ足りない程迷惑かけてたので!これ!どうぞ!」


 勢いよく包みを差し出す。


「いや!そんな俺、ただサボってただけだし、男が勝手に自分の寝てるとこで寝てたら迷惑なだけだったろ!

 しかも倒れてたの見つけたのも偶然だし、だから、こういうの貰う資格無いっていうか、こないだの飴だって勢いで貰っちゃっただけだし、」


「でも運んでくれたのは事実だし、それは優しさだよ?

 寝ちゃうくらいってことは、ずっと起きるの待ってたってことだし、倒れたの見つけても他の人だったら通り過ぎちゃうかもしれない。それを運んでくれたのは富谷君だもん。

 ということで、これどうぞ。」


 富谷君はきょとんとした顔で、私の方を見ている。



 しばらくして、片手で顔を覆い、俯いてしまった。


「富谷君?」


 どうしたんだろう、何か悩んででもいるのだろうか。


「なあ、本当に貰っていいのか?」


 富谷君は目線を下に向けたまま、言葉を発した。


「?うん。貰って?」


「うん、わかった。じゃあ、貰っとく。ありがとう。」


 やけに渋った様子で、その包みを受け取る。


 その顔には、いつか見たような微笑みが浮かんでいた。


「ふふ、よかった、貰ってくれて。

 あ、それ生ものだから早めに食べてね。紙袋にも保冷剤入ってるから家着くまで腐りはしないと思うけど、なるべく早めに。」


「わかった、今のうち食べる、ありがとう」


「いえいえ。じゃあ、またね」


「ああ。………ってそれよりお前、体調、」


 心配してくれてたんだ。


「もう全然大丈夫、ごめんなさい、迷惑かけて」


「そういうことじゃなくってなぁ……」


「?」


「まあ、元気ならいいや、じゃあな」


「?うん、また」


 富谷君は少し感情が読めない。


 とりあえず手を振って、その場を後にした。

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