第五話

 ・・・


「やべぇ…」


 それは、放課後に体育館でバスケをしている時だった。


 クラスメイト4人でバスケをしようと少し話しただけだったのに、何処から広まったのか、プレイし始めて5分も経たないうちに入口は女子で一杯になっていた。


 "制服でバスケをする" それが女子にはいいらしい。

 何故だかは解らないが。



 恐らく15分も経っていなかった。


 急に女子の歓声が止んで、ダン、ダン、とボールをつく音だけが体育館に響いた。

 俺は気にせずにゲームを続けた。


 が、他のメンバーの動きが緩くなった。


 この隙に、と、どんどんゴールへと近づいて行く。



 ――バシュッ…


 自分でも驚く程綺麗にシュートが決まった。


 バスケでこの瞬間が1番気持ちいい。


 女子からも歓声が上がった。


 煩い、そう思い女子の居る方を見た時、



 …それは、今まで見たことがない顔で、他の女子の誰よりも凛とした佇まいでそこに居た。

 その子は女子の一番前列、真ん中で佇んでいたのだ。


 確か、女子で入口が一杯になっていた頃には居なかったはずだ。


 何故だろうか、迷いもなく素直に心が惹かれていった。


 自分でも分からないうちに、その子の事を見つめていた様だった。


 きょとん、とされる顔にハッとして、俺は焦るようにコートを出ていった。


 バスケなんかやってる場合じゃない。

 もっと見ていたい、という気持ちに押されながらも、体育館の壁に体を預けた。


 他のメンバーも、続々とコートから出てきて、俺と同じように壁に体を預けていく。


「やべぇ…」


 不意に漏らした声は、体育館に響く声にかき消されていった。



「なぁ、どうした遥樹?足でも痛めたか?」


「あ、朔か。いや、別に…」


「じゃあどうした?体調でも悪いのか?シュート決めてから調子乗らないなんてお前らしくないぞ?」


 ったく、朔はとことん心配症だ。


「別に、めちゃ元気ですけど…」


 ただ、と声を小さくして付け足した。


「あの、さっき一番前の真ん中にいた女子って誰だ?」


 自分が女子の事を親友に聞く日が来るなんて。


「あぁ、深澤紅葉か?あのミディアムの黒髪の子?」


 可愛いよなぁ、目をハートにして呟いたのは女に弱いからだと踏む。


「違う、髪はロングだったし少し茶色がかってた」


 そう言いながら、朔の顔を少しだけ覗くと、目を見開いて驚いた顔をする。


「な、なんでそんな顔すんだよ

 俺なんか変なこと訊いたか?」


「いや、いくら女に疎い遥樹でも 長谷川さんを知らないとはねぇ…」


 遥樹が女子のこと聞いてくるってだけで充分変だけどね、と朔は少しだけ苦笑していた。


「長谷川…ってあの長谷川か!?」


 名前だけは耳にしたことがあった。


 長谷川汐音。美人で、頭が良くて、人当たりもいい。正に完璧だと囁かれているのをよく噂に聞く。


「そうだよ、あの長谷川汐音。

 その子しか居ないよ、ロングで茶色がかった髪、さっき真ん中にいた子なんて」


「でもよ、始めは居なかったよな?」


 1つの疑問を朔にぶつける。


「あぁ、途中から来たよ、ちょうど遥樹がシュート決めるちょっと前くらいに」


 そういえば、みんな急に静かになって動きも鈍くなってたもんな。

 あれは長谷川のせいか。


「ま、遥樹は目を向けることもしてなかったけどね」


 うっ、と思わず体を縮こめる。

 始め見向きもしなかった癖に、一目見ただけで落ちるとか、どんな男だよ…


 もっと見ていたい、そんな気持ちに押されながらもコートを出たあの後、俺は壁に寄りかかりながら少しだけ入り口の方に顔を傾けていた。


 まだ会って5分と経っていないのに、その後ろ姿は直ぐに見つけることが出来た。


 他の女子と紛れて普通は目に付かない。


 でもそれが直ぐに目に入れることが出来たのは、長谷川の誰にも負けない凛とした背中に心を掴まれたから。


 それほど俺はもう、、、

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る