第三話

 厚い雲がかかった空は、放課後になっても晴れることはなかった。


 2年前のあの出来事を思い出すといつもこうだ。


 情けないほどに自分が弱かったあの頃。

 本当に弱かった。

 全てを忘れたかった。


 それでも、それでも忘れられないのは、


 きっと。



「汐音!汐音!どうしよう!!体育館行かなきゃ!!」


 ああ、今でも生きられてるのは紅葉のお陰かな。

 なんて、ふと思う。


 悟られないように、


「どうしたの?」


 静かに言葉を返した。


「富谷君がっ!富谷遥樹君が!!バスケするらしいの!!制服で!!!」


「富谷遥樹って……あのイケメンって騒がれてる?」


「そう!そうなの!!」


 紅葉は何処からそんな情報を手に入れるのか…。



 紅葉の噂好きは今に講じたことではなくて、私が初めて会った頃から既にそうだったのだから、尋常ではないものだろう。


 そして同様にイケメン好きも。


「しーおね!!何ボケっとしてんの!行かなきゃ!!汐音も!!」


「…………………はぁあ??」


 私が?行く?何故?


「と言うか来て!!お願い!!」


 紅葉は上目遣いに頼んでくるものだから、

 しょうがない。行ってあげよう。


「分かった。行くから。でも何で来てほしいのよ?」


「いいから!!説明は後でね?」


 紅葉に腕をパシっと捕まれ、ズカズカと歩きだした。


「ちょっ?!!紅葉!?!」


 今になって、簡単に行くとか言うもんじゃ無かった、と少しだけ後悔することとなった。


 黙って引っ張られるがまま付いてきたのは良いものの、既に体育館の入口は女子で埋め尽くされていた。


「ねえ紅葉、やっぱり無理じゃない?人いっぱい過ぎるもの」


「いいからいいから、何のために汐音連れてきたと思ってんの?このためでしょ?」


「このため…って…」


 さっぱり紅葉の意図が掴めない。


「まあいいからいいから!」


 そう言いながら紅葉は自分の手を私の手の方へするりと伸ばして、恋人繋ぎを始めた。


 …………恋人繋ぎ?!


「ふふっ、コレで行けるわよ?」


 意味深なウインクと笑顔を残して、そのままツカツカと人混みの方へ歩いていった。


 すると。


 ――スッ………


 今まで視界を遮ってきた人達の頭がどんどん視界の端に移動していく。


 ……え、皆、どうしたの………?


「ねえ、紅葉、皆何で避けてるのよ、私達のこと。もしかしてさ、嫌われてたりする…よね…?」


「はぁ、汐音のそういう所がモテるんだよねぇ。頭いい癖してちょっと抜けてるってか鈍感ってか」


「抜けてる?!鈍感!?私が?!」


「うんうん。一応説明しとくけどね、私達嫌われてるとかじゃないよ?寧ろ好かれてるっていうのか尊敬って言うのか憧れっていうのか、まあそんなとこなの!私達単体でもそこそこ人気あるじゃん?」


 それは流石に自覚した。

 毎日男子にあんだけ囲まれたら自覚せざるを得ない。


「でもね、2人揃うとなんか特別らしいの!私達が毎朝ベッタリしてても誰も何も言わないでしょ?それもその原理!」


 えっと、つまり、紅葉が言いたいのは、私は生徒たちに人気で。紅葉も生徒たちに人気で。それでその2人が一緒に居ると最強。

 という訳し方でいいのか?


「なんかしかも一部の生徒は私達が百合だ百合だ騒いでるみたい」


 は、百合??私達が??


「まあ、確かに紅葉は激カワだけど…」


 口の中でモゴモゴと呟く。


「え?!汐音?!今なんて言った?!もっかい言って!!わんもあ!!」


「え、えと、紅葉は激カワって…」


 今更、「激カワ」とかギャルみたいな言葉を使って恥ずかしい、なんて。

 それと、素直に可愛いとか言ったら絶対紅葉は。


「んもう!!汐音も可愛いよぉーー!!」


 びゅん、と飛びついて、ウエスト辺りをギュッと抱き締められる。

 やっぱり飛びついてきた。


 更に、女子生徒が視界のの隅に寄ったのが分かった。


「あぁ、いけないいけない、私達百合だってまた誤解されちゃうね」


 腕を解いて、恋人繋ぎに戻した。


 ………恋人繋ぎはそのままなんだ……

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